小学生の頃、初めて手にした厚みのある本は、何であったであろうか。ページに並ぶ文字を追いながら、時折、大きく描かれている挿絵にイメージを膨らませつつ、幾日もかけて完読した時の感動と手ごたえは、誰もが持つ一生の宝物といえよう。
本著は、「小学生などに向け」て『古事記』を綴った読み物で、全三巻からなる。
第一巻は「天地の始まり編」。「国土がどのように出来上がったのか、どんな神様が天上で活躍したのか」が描かれている。
第二巻は「地上の神々編」。それぞれの神々の活躍によって、のちに天皇が治める国が整えられていく様子が生き生きと描かれている。
第三巻は、「英雄の冒険編」。神話がしだいに天皇の物語として展開してゆく巻で、最終章は、「悲劇の英雄」ヤマトタケルの話で結ばれている。
著者は、國學院大學研究開発推進機構准教授・渡邉卓先生。記紀、万葉をはじめとする上代文学の「気鋭の研究者」の一人として知られ、日本国内に留まらず、海外でも講演活動を行っている。
先生は、本著執筆の「きっかけ」について、勤務校での『古事記』に関する事業において、小学生などに向けた『古事記』の再話に取り組んだことによると記しておられる。「再話」とは、名作文学などを子供向けにわかりやすく書き直すことをいうが、先生は、
なるべく『古事記』の文体を活かしつつ、やさしい日本神話となるように心がけました。……流れを意識しながら、それぞれ個別の神話としても読めるように構成しています。
とも記されている。例えば、『古事記』のハイライトの一つ、天孫降臨の場面は、以下のように描かれている。
アマテラスはアメノオシホミミに言いました。
「……おまえが降っていって国を治めてまいれ」
するとアメノオシホミミは、
「……私はタカミムスヒの娘、アキツシヒメと結婚しました。そして……子どもが生まれました。……私よりもあなたとタカミムスヒの孫にあたる、この子のほうが…ふさわしいのではないでしょうか」
と言いました。アマテラスはその子の名を聞いて思いました。
「天がにぎやか、国もにぎやか、天の日が高く尊く、稲穂が豊かなことを意味する名前だ。素晴らしい名前の、孫を降らせるのがよいだろう」
この天孫・ニニギの雄姿は、第二巻の裏表紙に美しく現代風に描かれている。この絵を手掛けたのは、近年話題になった絵本『えんとつ町のプペル』のメインイラストレーターを務めた六七質(むなしち)氏である。各巻に登場する神々などが精彩に描かれた表紙を見たら、誰もが思わず手に取ってしまうことだろう。
『古事記』を題材にした児童向け書籍やマンガは、比較的多く流通しているが、本著なら自信をもって子供たちに進められるのではないだろうか。
(日本文化興隆財団 阿部めぐみ)
渡邉 卓 著(國學院大學研究開発推進機構准教授)汐文社 刊