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お伊勢さまの御神木がやってきた!

連載 第2回 護山もりやま神社での御神木祭<2>
令和8年5月28日

 前回お伝えしたように、令和7年6月5日の「裏木曽御用材伐採式(うらきそごようざいばっさいしき)」で伐り出された御神木は、中津川市付知町(つけちちょう)の護山(もりやま)神社に運ばれました。護山神社は、古くから伊勢神宮の御用材が伐り出されてきた木曽の山の総鎮守です。この日、神社では御神木を美しく整える化粧掛けと、御神木を奉安する「御神木祭」が行われました。

自然の恵みをいただくことに感謝する祭り

 境内で化粧掛けの様子を見守っていた田口豊年(とよとし)宮司にお話を伺うことができました。田口さんにとって、御神木をお迎えするのは今回で3回目となるそうです。

「昭和60年のときは父が宮司で、自分は裏方でした。平成17年と今回は宮司として迎える御神木祭です。伊勢神宮の式年遷宮は、20年に一度の一大行事。地域を挙げてはもちろん、日本全体のお祭りですから、名誉なことです」

 化粧掛けのために、境内には広々した作業所が用意されていました。こうした設備をはじめ御神木祭の準備は、氏子さんたちと協議を重ねて行ってきたそう。また、この日午前中に行われた「裏木曽御用材伐採式」に参列した感想を伺うと、以下のような答えが返ってきました。

「お天気も良く、御神木がきれいでしたね。20年前や40年前と比較すると、祭場までの道が昔は山道だったのが、今回はきれいに整備されていたりして、時代の移り変わりを感じました。
 20年に一度のこのお祭りは、自然の恵みをいただくことに感謝し、自然の循環に気づくきっかけになるもの。百年以上も生きてきたヒノキに斧を入れるのですから。生かされている、頂いている、という心を持つことが大切。こうした日本人の伝統的な祈りを引き継ぎ、後世につなげていくことが大事だと思います」

山の文化に育まれた郷土芸能

 さて、御神木祭では多くの人が集まった境内で、賑やかに郷土芸能が奉納されていました。そろいの渋い法被(はっぴ)に身を包んだのは、木遣(きやり)音頭を披露する付知町木遣保存会のメンバー。

 付知の木遣音頭は慶長年間(1596~1615年)、名古屋城築城の石揚(いしあ)げ工事において功労のあった付知村民へ、その指揮を執った加藤清正公が、石を曳(ひ)くのに用いた音頭を贈ったものと伝えられています。以来、神宮式年遷宮で伐採された御神木を山から曳き出す作業の音頭に用いられています。地元の民謡として付知町の杣人(そまびと/きこり)の間で伝えられていたもので、県の無形民俗文化財に指定されています。

 木遣音頭では、高らかな音頭に合わせ、皆で「ヨーイヨイ」と合いの手を入れ、木曽ヒノキ製の「采配(さいはい)」と呼ばれる棒を振り上げます。彼らのいでたちは、法被に手甲(てっこう)・脚絆(きゃはん)をつけ、足元は草鞋(ぞうり)という、祭りではよく見かけるスタイル。なのですが、腰に毛皮のようなものをぶら下げているのが気になります。

 これは「腰皮」とか「尻皮」と呼ばれ、山で地面や岩の上などに座るときのクッションとして使うものだそう。杣人がシカやクマなど動物の毛皮から作るもので、山とともに生きてきたこの土地の人々ならではの装身具のようです。

 子供たちが披露した「おんぽい節踊り」も、山の文化に育まれた地域を代表する郷土芸能です。かつて山で伐り出された御神木は、男衆が鳶口(とびぐち)一丁で体を張り、「おんぽい、おんぽいなー」の掛け声で付知川へ流し、木曽川へ流し運んでいました。その作業風景を謡ったのが「おんぽい節」で、「付知町おんぽい節保存会」が継承しています。

 御神木を伐り出す「裏木曽御用材伐採式」が行われたのは、付知町のお隣にあたる加子母(かしも)と呼ばれる地域。御神木祭では、その加子母に伝わる芸能も奉納されました。

 加子母にある10の部落では、それぞれ獅子舞を伝えています。地域で大切にされる獅子舞は神楽(かぐら)とも呼ばれ、各部落が交代でお伊勢参りをして伊勢神宮に奉納されてもきたそうです。

そして、化粧掛けの作業は続く

 こうして境内で郷土芸能が奉納されるなか、化粧掛けの作業は続きます。しだいに辺りは闇に包まれ、作業場に灯された照明で御神木が煌々と照らされます。

 辺りにはヒノキの芳香が漂い、木口は丸く美しく整えられていきます。作業は深更に及び、御神木は境内で一夜を過ごしました。

 明けて6月6日の朝、清薦(きよこも)と清筵(きよむしろ)を纏(まと)った御神木は、トラックに乗せられて護山神社から送り出されました。上の写真がそのトラックですが、ナンバープレートにご注目。4ケタの数字は御神木の奉送迎が行われた年を表す「2025」になっているんです。こんなところにも、20年に一度の慶事を迎える地域の人たちの喜びと誇りが感じられました。


(次回に続きます)

[取材・文/中尾千穂]

前回は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/manage/information/detail/100871

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