読みもの

第12回「むしゃんよか」熊本弁
大リーグワールドシリーズでの山本由伸と大谷翔平の活躍は凄かった。熊本弁で両選手のことを称えるなら「むしゃんよかねー」だろう。
「むしゃんよか」。どういう意味かというと、「武者ぶりがいい」つまり「見栄えがいい、格好いい、素晴らしい」の意味である。虎退治で有名な加藤清正がかつて治めた「くに柄」を反映するかのような言葉であろう。加藤清正といえば、地元では、その名前の部分をとり「清正公(せいしょうこう)」として今も親しまれている。
一方、熊本市内には「随兵寒合(ずいびょうがんや)」という言葉がある。これは、熊本を代表する神社の一つ、藤崎八旛宮(はちまんぐう)のお祭りに関連している。この神社の年に一度の例大祭は敬老の日の前後に行われるが、その朝は冷える、という意味で使われるのだ。
「随兵寒合(ずいびょうがんや)」の「寒合」の部分がこれを表していて、この時から季節は夏から秋に変化する、と熊本人は長いこと認識してきた。「暑さ寒さも彼岸まで」の秋バージョンを言っていいだろう。
実際、どんなに夏の暑さが続いても、このお祭りの日の朝は冷えた。筆者が子供の頃に親たちは「やっぱ、ずいびょうがんや、ばいね」とよく言っていたものである。だから、筆者は、この「がんや」の音(おん)だけを聞いて、「寒合」ではなく「寒夜」と勘違いしていた。ちなみに、「がんや(寒合)」とは「かんやい(あい)」が訛ったものと思われる。
それでは、「随兵寒合」の「随兵」とは何か? 筆者はこの「ずいびょう」も、お祭りに関連していることから「瑞兆」などと同じ意味で、良いことが現れる「瑞表」だと勝手に思い込んでいた。そんな言葉は無いにもかかわらずである。
実は、この「随兵」は、例大祭に登場する「随兵行列」のことなのである。つまり、神様が乗られたお神輿に付き随う「兵」のことで、なんと、これも加藤清正が随兵頭となり神幸行列を先導したことに由来すると伝わっているのだ。なお、この行列には、奉仕すると大学受験に合格するとの験担(げんかつ)ぎがあり、試験を控えた予備校生も甲冑姿となって参加する。
加藤清正は熊本城を築いたことでも有名だ。その城も、9年前の地震で大きな被害を受けた。上記のようなことからも、その時の県民のショックが分かるというものだろう。筆者は地震後に熊本へ帰ったが、メイン通りの商店街に「がまだすばい熊本」とのスローガンが大きく貼られていたのが忘れられない。「がまだす」とは「頑張る」の意味で、どこか温かい感じがしたものである。
最近の気候変動の影響で、上記の「随兵寒合」の言い習わしは通用しなくなってきた。せめて「むしゃんよか」との表現で、山本・大谷両選手の偉業を心から称えたい。
文/伊豆野 誠
前回はこちら https://nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100739