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三井記念美術館 開館20周年特別展「生誕1200年 歌仙 在原業平と伊勢物語」
令和8年2月26日

 平安時代初期に活躍した歌人として、また『伊勢物語』の恋多き主人公として知られる在原業平(ありわらのなりひら/825~880)。父は平城(へいぜい)天皇の第一皇子・阿保親王(あぼしんのう)、母は桓武(かんむ)天皇の皇女・伊都内親王(いとないしんのう)という高貴な血筋を引く貴公子ですが、政治的な事情から臣籍降下(しんせきこうか=皇族から臣下に下ること)して在原姓を名乗りました。

『伊勢物語』は、全125段の章からなる短編歌物語です。数十年以上の歳月と複数の人の手を経て、増補改訂されながら出来上がったと考えられており、作者も成立時期も不詳。物語中で主人公の名は明らかにされませんが、登場する歌の多くは業平のものであり、人物像も業平を思わせることから、『伊勢物語』は業平の物語と捉えられてきました。

 この額は、埼玉県川越市の仙波東照宮の拝殿(はいでん)に掛けられた三十六歌仙のうちの在原業平像。平安時代に選出された和歌の名手36人「三十六歌仙」の肖像画に和歌を添えたこのような絵は、中世以降に普及し、神社への奉納額も多くつくられました。

 岩佐又兵衛(1578~1650)は、織田信長に仕えた武将・荒木村重(あらきむらしげ)の子で、浮世絵の祖ともいわれる絵師。本作は、謎の絵師とされる又兵衛の制作年のわかる作品として貴重なもの。業平の姿は、青色の袍(ほう)を纏(まと)い、緌(おいかけ)と呼ばれる馬毛製の飾りのついた巻纓(けんえい)の冠を被り、弓矢と太刀(たち)を帯した武官(ぶかん)の装束で描かれています。袍の文様は、業平が好んだとされる「業平菱(なりひらびし)」です。

 金泥(きんでい)塗りの背景に散らし書きされた「世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」の和歌は、『伊勢物語』第82段「渚の院の桜」に見えるもの。筆を取ったのは、青蓮院(しょうれんいん)尊純法親王(そんじゅんほっしんのう/1591~1653)と伝わります。

『伊勢物語』は、『源氏物語』をはじめとする後世の物語文学や和歌に多大な影響を与えました。茶の湯の道具や能楽の作品、着物の意匠にも『伊勢物語』に取材したものが多くあります。そんな日本文化を知るうえで避けて通れない古典である『伊勢物語』ですが、全容を把握している人は案外少ないかもしれません。

 そんな向きにもおすすめなのが、第1章の「ダイジェスト伊勢物語」です。ここでは『伊勢物語』のなかでもとくに知られる15の段を選び、その段をモチーフにした絵巻・色紙・茶道具などが展示されています。それぞれの展示ケースには、その段のあらすじと歌が明示されているのがうれしいところ。作品を眺めながら物語を知り、そのイメージの広がりを感じることができます。

「業平」と名づけられた桃山時代の花入(はないれ)は、変形した姿や自然釉(しぜんゆう)による景色の面白さに、古田織部(ふるたおりべ/1544~1615)の好みが反映されているとか。以前は別の所有者により違う銘がつけられていましたが、室町三井家12代三井高大(たかひろ)の所有となってから、姿子(しなこ)夫人によりこの銘がつけられたのだそう。美男子の誉れ高い業平の名をこの花入に与えた夫人には、いったいどんな思いがあったのでしょうか?

 平安時代の成立以降、現在まで長く愛好されてきた『伊勢物語』。中世から多くの絵巻や写本が制作されてきました。江戸時代初めには、125段の本文に49図を加えた嵯峨本(さがぼん)『伊勢物語』が版行され、その後の伊勢物語絵の制作に大きな影響を与えました。

 この六曲一双の屏風も、嵯峨本『伊勢物語』を参照して制作されたもの。各隻18枚、計36枚の伊勢物語絵が貼り付けられています。当時の人たちは、このような絵を見て想像をふくらませながら、教養を身につけたのでしょうか。あるいは、今でいえばテレビで王朝もの恋愛ドラマを鑑賞するようなものだったのかもしれません。

 数々の伊勢物語絵が出展されている本展ですが、俵屋宗達作と伝わる伊勢物語図色紙も数点見ることができます。そのひとつが、第58段「田刈らむ」を題材にしたこちらの作品。なにやら女たちが業平と思しき男に向かって、やいのやいのと言い立てている様子。男は顔を伏せ家の奥に逃げ隠れようとしています。

 この段の内容は――かつて京(みやこ)があった長岡に家をつくり住んでいた男が、田舎なので田を刈ろうと外に出ると、近所の宮様に仕える女たちが好奇の目で男を見て集まってきた。家の中に隠れてしまった男を女たちが追いかけ、歌を詠みかわす――というもの。いつも女性を追いかけ回しているプレイボーイの業平も形無しで、女たちに押されてタジタジです。たくましい二の腕も露わな女たちの、からかうような表情も楽しくて、ニヤニヤしてしまいます。

『伊勢物語』をモチーフにした工芸品は数多(あまた)つくられてきました。この硯箱の蓋表に表されているのは、女を背負った烏帽子(えぼし)姿の男。主人公と高貴な女の駆け落ちの顛末(てんまつ)を描く第6段「芥川」の一場面です。連れ出した女を背負い、芥川まで来た男。夜も更けたので荒れ果てた蔵に女を隠し雨宿りしますが、女は鬼に食べられ姿を消してしまいます。残された男は逃げる途中、女が草の露を見て「あれは何?」と尋ねたことを思い出し、その儚さを歌に詠むというストーリー。内部には蒔絵螺鈿でたっぷりと秋草が表され、女が訪ねた草の露の件(くだり)を想起させます。豪華かつドラマチックな雰囲気に満ちた作品です。

 染織品にも『伊勢物語』に由来する意匠がたくさん見られます。江戸時代には、小袖型に模様を配した小袖雛形本が180種以上出版され、小袖のカタログや注文時の見本帳として使用されました。そのなかには『伊勢物語』にちなんだ雛形図が多くあります。とくにバリエーション豊富なのが、第9段「八橋(やつはし)」にちなんだ雛形図。水の流れと、八橋と呼ばれるジグザグに架けられた板橋、杜若(かきつばた)が意匠化されているのが典型的なパターンです。

 この段では、都を離れた主人公が「東下(あずまくだ)り」の途中に立ち寄った三河国八橋での出来事が描かれます。水辺に咲く杜若を見て主人公が詠んだ歌「から衣きつつなれにしつましあれば はるばるきぬる旅をしぞ思ふ」は、各句の頭の文字を集めると「かきつばた」となる折句(おりく)で、『伊勢物語』のなかでも最も知られる歌かもしれません。その歌とともに、八橋の風雅な水辺のイメージも広く浸透し、愛されてきたのでしょう。

 能楽には『伊勢物語』に取材した曲(演目)や、在原業平に関わる曲がいくつもあります。本展では、三井記念美術館が所蔵する数々の能面(のうめん)のなかでも、重要文化財に指定されるとびきりの3面が出展されています。順番に紹介していきましょう。

 写真中央は「中将」と呼ばれる男面。在原業平の相貌をもとに創作されたといわれる中将面は、眉根を寄せて憂いを含んだ表情が特徴の貴公子の相貌。『伊勢物語』に関連する曲では『雲林院(うんりんいん)』『小塩(おしお)』の業平の亡霊の役に用いられます。本面は「鼻まがり中将」の異名をもつ名物面で、鼻筋が向かって右にわずかに曲がった個性的な表情です。

 写真右は「小面」と呼ばれる最も若い女性を表す面。小面を使用する『伊勢物語』関連の演目としては、三番目物(さんばんめもの=女性を主人公とする演目)の『井筒(いづつ)』が挙げられます。かつて豊臣秀吉が、女面の名手とされた室町時代の面打(めんうち)・龍右衛門作の小面3面を手に入れ、それぞれ「雪・月・花」と名づけて愛玩したとの伝承があり、本面がその「花」にあたるとされています。艶やかで溌剌とした相貌は、秀吉が愛したというのも納得です。

 写真左の「孫次郎」も若い女性を表す面ですが、小面に比べて落ち着いた雰囲気。『井筒』のほか、多くの三番目物に用いられています。本面の「ヲモカゲ」の銘は、作者の孫次郎が若くして亡くなった妻の面影を写したとの伝承に由来するもの。儚げで神秘的な美しさをたたえ、女面の白眉として知られています。

 遙かな時を超えて、日本の文化にさまざまなかたちで展開していった『伊勢物語』と業平のイメージ。その豊かさと楽しさに触れて、遠かった物語世界が少し身近に感じられました。


特別展 生誕1200年 歌仙 在原業平と伊勢物語
会期:2026年2月21日(土)~4月5日(日) ※会期中に展示替えあり
会場:三井記念美術館[東京都中央区日本橋室町二丁目1番1号 三井本館7階]
※詳細は下記公式サイトへ
https://www.mitsui-museum.jp/exhibition/next.html




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