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大鼓方・河村凜太郎さん「月イチ能楽講座のメンバーになって」
中世にさかのぼる伝統芸能である「お能」は、知れば知るほど面白く、人をひきつけて離さない魅力があります。でも、古い時代の言葉づかいや、ゆっくりした抽象的な動きなど、予備知識なしでは難しく感じてしまうことも。
そんなお能の世界の扉をぐぐっと開いてくれるのが「月イチ能楽講座」です。関西の若手能楽師のホープたちによる、軽妙なトークに迫力ある実演を交えての解説は「わかりやすい!」「楽しい!」と評判。今回はそのメンバーのひとり、大鼓(おおつづみ)方・河村凜太郎さんが、「月イチ能楽講座」に参加した当初を振り返ります。

月イチ能楽講座
東京・大阪・京都で毎月開催、毎回お能の1つの曲(演目)を題材に、能楽師シテ方の大槻裕一(おおつき・ゆういち/写真右)、小鼓方の成田奏(なりた・そう/写真左)、大鼓方の河村凜太郎(かわむら・りんたろう/写真中)が、若いエネルギーとみなぎる情熱、関西ノリの話芸とキレのある技で、たっぷり解説。オモシロ企画満載のインスタグラムも必見。
⚫︎講座のお申込・開催スケジュール・詳細は↓
https://www.instagram.com/noh_once_a_month/
まさかのお誘い
2024年3月末。僕は自宅で昼食を済ませた後、いそいそと指革(ゆびかわ)作り(※)に励んでいました。指革とは、大鼓を打つ際に指にはめるプロテクターのようなもので、和紙を特製の糊で幾重にも貼り重ねて作ります。こうした単調な作業のとき、僕はよくスマホのラジオアプリでお気に入りの番組を流しています。その日もまた、スマホを机の上に置き、いつものようにラジオを聴きながら手を動かしていました。
※指革作りに興味のある方はこちらの動画もどうぞ↓
https://www.youtube.com/watch?v=gn_mmu_NQq4&list=PL_kkwPG6Vq0Rs4J3ftocTxfn_2rRyIdS&index=8
作業をひと段落終えてスマホを確認すると、1件のメッセージ通知が入っていることに気がつきました。相手は同世代の小鼓方の成田奏さん。奏さんと大槻裕一くんが大阪と東京で開催していた「月イチ能楽講座」を、5月から京都でも始めることになり、そこに参加しないか、というお誘いでした。

僕はこの頃、あまりSNSをチェックしていなかったのですが、同じく成田奏さんが発信している能楽囃子ユニット「ナニワノヲト」や「月イチ能楽講座」についてはSNSで見かけたことがありました。「面白そうなことをやってるな〜」と思い眺めていた程度だったので、まさか自分に声がかかるとは思っておらず、このお誘いには驚きました。
当時の僕にはこのような講座に講師側として立つ経験がなく、また勉強不足であるという自覚もあったため、「月イチ能楽講座」に関してはむしろ受講する側として参加したいほどでした。自分が講座なんてできるのだろうか、お断りしようか、としばらく考えましたが、せっかく声をかけていただいたので〝とりあえずやってみよう〟の精神で「ぜひ参加させてください」と返信をしました。
京都での「月イチ能楽講座」第1回目は2024年5月24日でした。取り上げる演目は『自然居士(じねんこじ)』。この曲は、翌月の6月に大槻能楽堂の自主公演で成田奏さん、大槻裕一くんと共演する予定の演目でした。成田奏さんは関西で僕と一番年齢の近い小鼓方で、いつも舞台をお相手するのを楽しみにしていました。また、大槻裕一くんは中学校の同級生でもあり、昔から共に舞台を勤める日を楽しみにしていました。舞台に向けての気合いは充分に、また初めての「月イチ能楽講座」に向けても準備を重ね、日々演目解説の構想を練っていました。

僕は「月イチ能楽講座」の第1回目が近づくにつれて胸を高鳴らせつつ、少しプレッシャーも感じていました。奏さんと裕一くんはいつもどんな構成で話しているんだろう? 話す内容や順番はどう決めているんだろう? など聞きたいことはいろいろありましたが、3人ともそれぞれに予定があり、なかなか集まる日はありませんでした。僕はメッセージのやり取りで簡単に概要を教えてもらい、あとは当日の開場時間前に少しだけ打ち合わせることになりました。
衝撃的だった初回の講座
当日を迎え、控え室で奏さんと裕一くんに普段の講座の進め方を聞くと、驚きの言葉が帰ってきました。細かいニュアンスははっきり覚えてはいませんが、「毎回とくに内容のすり合わせはしていない」ということでした。講座ということは、講師として発言には責任が生じます。うっかりしたことは言わないように、よほど注意深く内容のチェックをして登壇しているものだと思っていた僕には衝撃でした。

初回は勝手がわからず、また綿密に行われていると思っていた〝内容のすり合わせ〟もなく、不安を抱えたままの僕は「とにかく2人についていきます」と、出来たてほやほやの即席講師として皆様の前に立ちました。その回にお越しくださったお客様は5〜6名ほどだったでしょうか。当時の会場は今よりも小ぢんまりとしてお客様との距離感がより近く、ある意味アットホームな温かい空間でもありました。そんななか始まった「月イチ能楽講座」は、3人の自己紹介の後、奏さんのこんなひと言から始まりました。
「初めに申し上げますと、我々は能楽の学者や研究者ではないので、間違ったことも言うかもしれません」
まさに僕が危惧し、心配していたことでした。それをまさか免責事項としてはじめにお客様に伝えることで回避するとは思いもよりませんでした。しかしこのひと言は、後に続く言葉と併せて、今では講座前のお約束となっています。この言葉だけを聞くと、「間違ったことを言うかもしれない講座」という、なんとも頼りない印象を受けるかもしれません。しかし、この後に奏さんが続けた言葉こそが、「月イチ能楽講座」の大切なコンセプトであり、魅力そのものでした。
「我々は舞台に立つプレイヤーの立場から普段感じていることや能の魅力をお伝えします」

初回の講座はあっという間に終わりました。奏さんと裕一は内容のすり合わせはせずとも、阿吽(あうん)の呼吸でトークを続け、能装束を見せたり実演を交えたりしながら、能の魅力を的確に面白く伝えていました。僕がこの日役に立てたのは実演の部分くらいでした。僕にとって初めての講座。トークはなんとも言葉足らずで拙いものだったと思います。しかし、実演に関しては間違いなく自信を持ってお見せできるという安心感がありました。普段の舞台での演奏は、20年以上やってきた現在の僕でも緊張するものですが、このときばかりは演奏している間が、かえって一番気持ちが落ち着く瞬間でした。
能楽の世界でプロの大鼓方として舞台に立たせていただいていますが、まだまだ知らないことが多く「へー」「知らなかった」などと思いながら、2人が解説する様子を見ていました。講師側に立っていたはずが、半ばお客様の立場から講座の様子を眺めていました。

初回の講座を終えた僕は、ひそかに打ちひしがれていました。2人のトークについていけず、また自分の勉強不足をひどく実感したからです。しかし、このとき打ちひしがれたことで「もっと能のことを知ろう」という気持ちに火がつきました。
新たな気づきを得て
「月イチ能楽講座」では毎回取り上げるお能の演目の詞章の解説を行なっていますが、これを毎月繰り返すなかで、いつのまにか良い癖がつきました。自分の出演する舞台の演目の詞章を、余裕があるときに細かく調べるようになったのです。それまでは、なんとなく物語のあらすじと「ここはこんなシーンだな」といった程度の内容を入れて舞台に臨んでいましたが、難解な言葉や和歌をできるだけ調べ、それが物語全体にどのような効果をもたらしているのかを考えるようになりました。

そして「舞台に立つプレイヤーとして伝えられる魅力は何か」を考える癖がつき、その演目の魅力はどういう部分にあるのか、自分はその魅力を舞台でどのように引っ張り出せるか、といったことを考えるようになりました。「月イチ能楽講座」に参加してから、能の魅力をどのようにお伝えできるかを考えるなかで、自分自身が気づけなかった能の魅力が見えはじめ、舞台がより楽しくなりました。
そしてさらに、思わぬ良いマインドを得ることができたようにも感じています。それは「知らないことを楽しめるようになった」ということです。僕は「月イチ能楽講座」に臨むにあたって、毎回その演目をなるべく深く知ろうと勉強しますが、その結果、わかることが増える一方で、それに付随してわからない、知らないことが増えてしまうことがよくあることに気がつきました。それは今まで知ろうとも思わなかったところに踏み込むことで、隠れた〝知らなかった〟を見つけてしまうからです。ふだん料理をしない人がカレーを作ろうとレシピを見たとき、そもそも食材の切り方や調味料の種類すら知らなかったことに初めて気がつく、といったような感覚でしょうか。

初めはこの現象に「なんて自分は知らないことばかりなんだろう」と辟易していましたが、今ではこれを「歩みを進めている証」として受け入れることができるようになりました。知らないことや知らない世界を知ろうとすること、それは新たな疑問を生むきっかけになります。しかし、それは確実に自分の目に見える世界を広げていっている証拠なのだと思います。僕はまだまだ知らないことだらけですが、「月イチ能楽講座」を通して舞台上で見える景色も変わってきました。

「能をもっと知りたい! でも知れば知るほど果てしなさそうだな……」そう思われている方も臆せず、「月イチ能楽講座」に足をお運びいただければと思います。「知らなかった」が増えるたび、見える景色も変わっていく。そんな時間を皆様と共有できれば嬉しいです。
河村凜太郎さん「能楽師の家に生まれて」の記事は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100823
小鼓方・成田奏さん「お能に興味のなかった僕が、能楽師になるまで」の記事は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100769
大槻裕一さん「お能にしか興味のなかった私のこれまで」の記事は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100815