読みもの

赤星たみこの八街やちまたオバンギャルド・ライフ

通りすがりの女性を何と呼ぶか問題―その2「若さという呪い」
令和8年4月7日
 前回、私は大学生くらいの男性から「おかあさん」と呼びかけられた、という話を書きました。彼はなぜ私に「おかあさん」と呼びかけたのでしょうか?
 多分、彼は「おばさんと呼ぶのは失礼な気がする」と思ったから、気遣って「おかあさん」と言ったのだと思います。なぜ失礼だと思ったのかというと、「おばさん」と呼ばれると傷つく女性がいる、という情報を多く見聞きしているからでしょう。
 事実、世の中には「おばさん」を嘲笑の言葉として使う輩がいます。20代後半以上の女性を小馬鹿にする人が周りにいると、どうしても「おばさん」にはいいイメージを持てないと思います。
 新入社員の若い女性をちやほやし、ベテランの女性社員を「もう若くないんだから」とか「おばさんなんだから引っ込んでて」みたいな言葉で揶揄する男性の話を、私が若いころよく聞きました。そんな男性、21世紀には絶滅したと思っていたのですが、とあるSNSを読むと、まだまだしぶとく生き残っているみたいです。今まさにおばさん世代にいる女性は、若い頃にそういう男性がうじゃうじゃ周りにいたわけですから、おばさんにいい印象を持てないのはよくわかります。

 実は私も昔は「おばさん」と呼ばれて傷ついたこともありました。20歳くらいの頃ですが、渋谷の繁華街で客引きをしている若い男性を無視したら「ふん、おばさんのくせに!」と言われたのです。今なら、「私、20歳だよ? 20歳でおばさんならあんたは老人かよ!」と言い返したいところですが、当時はそんな知恵も気概もなく、ただ「え…私ってそんなに老けてる…?」と傷ついただけでした…。



 しかし、いつのころからでしょうか、私は「おばさん」に傷つかなくなりました。なぜでしょう?
 それは、明らかに侮辱しようと「おばさん」を使ったあの客引きの男のことを、繰り返し考えたことがまず一つ。それともう一つは、いろんな人のいろんな意見を知ったことから、だったと思います。
 あいつら、私のことをおばさんと呼んで、それで私が傷つくと思ったんだ。女は若いほうが価値があって、年を取るごとに価値が減ると思ってるんだ、むかつく!!(1)
そしてあいつらは私も同じ考えだと思っているんだ。むかつく!!!(2)

 この2つの「むかつく」は実は意味が違います。
 1の「むかつく!!」は、「女は若いほうが価値があって、年を取るごとに価値が減る」という考えに対する「むかつく」です。年齢差別に対する怒りです。
 2の「むかつく!!!」は、そういう年齢差別を私自身もしているだろ?とあいつらが決めつけたことに対する「むかつく」です。
 女はみんな年を取ることを嫌がっているんだろ? お前もおなじだろ?と思われていることへの怒りです。年齢差別するような相手の言うことに傷つくのは、逆に相手の価値観を認めていることになるではないか! それでは年齢差別を肯定することになってしまう!

 こういう考えを持つようになったのは、私が一人で思いついたのではなく、友人の体験談、いろんな本や漫画、雑誌のコラム、新聞記事によって得た知識からです。
 最近になってからも、ある漫画のセリフがとても印象に残りました。『逃げるは恥だが役に立つ』(海野つなみ著・講談社Kiss)の中のセリフです。2016年にテレビドラマ化もされましたのでご存じの方も多いと思います。

 登場人物の一人、土屋百合(漫画では52歳)は、若い女性・五十嵐安奈に「アンチエイジングにお金を出しても老化にお金を出しますか? やっぱり若さというのは価値の一つだと思うんです」と言われるシーンがあります。それに対して百合が、ひとこと、こう返します。
「呪いね」
 若いほうが価値があると思っている人がこの先進んでいく未来は、自分がどんどん価値のないものになっていくということ。そんな生き方は絶望しかないのでは?と百合は安奈に問いかけます。そしてさらにこう続けます。
「自分が馬鹿にしていたものに、自分がなるのはつらいわよ。そんな恐ろしい呪いからはさっさと逃げてしまうことね」

 これを読んだとき、私はちょうど60歳、還暦でした。あー、これこれ!こういう漫画、私も書きたかった! こんなすっと胸にしみてくるセリフ、私も書きたかったよ~~!と、私より若い漫画家さん(海野つなみさん)の才能がすごく羨ましかったのを覚えています。これ、10代で読みたかったなあ…。年齢差別から解放されるのがもっと早くなったはずなのに…。



 今、私は年齢差別から完全に解放されています。若さは楽しいことではあるけど、年取ってからも楽しいことはたくさんあるし、年齢を重ねているほうがいいこともあるし!
 次回は「呼称」と年齢にまつわるあれこれを考察します。
(次回更新:4月21日予定)

前回はこちら https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100847

●赤星たみこ/1957年、宮崎県生まれ。千葉県八街市在住の漫画家にしてエッセイスト。映画化、ドラマ化された作品多数。猫と着物と生活の知恵を愛する石鹸ユーザー。
アバンギャルド(Avant-garde)とは、既成概念を打ち破り、前衛的で革新的な表現を追及する芸術スタイルのこと。オバンギャルドは、前衛的で既成概念を打ち破りつつ、長く生きてきたオバサンとしての矜持も併せ持つ生き方のこと。ワタクシ赤星の造語です。
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