読みもの
小鼓方・成田奏さん「能楽師の道へ再び」#3
中世にさかのぼる伝統芸能である「お能」は、知れば知るほど面白く、人をひきつけて離さない魅力があります。でも、古い時代の言葉づかいや、ゆっくりした抽象的な動きなど、予備知識なしでは難しく感じてしまうことも。
そんなお能の世界の扉をぐぐっと開いてくれるのが「月イチ能楽講座」です。関西の若手能楽師のホープたちによる、軽妙なトークに迫力ある実演を交えての解説は「わかりやすい!」「楽しい!」と評判。そのメンバーのひとり、小鼓(こつづみ)方・成田奏さんが、前回に続き、一度離れた能楽師の道を再び踏み出した当時を振り返ります。

月イチ能楽講座
東京・大阪・京都で毎月開催、毎回お能の1つの曲(演目)を題材に、能楽師シテ方の大槻裕一(おおつき・ゆういち/写真右)、小鼓方の成田奏(なりた・そう/写真中)、大鼓方の河村凜太郎(かわむら・りんたろう/写真左)が、若いエネルギーとみなぎる情熱、関西ノリの話芸とキレのある技で、たっぷり解説。オモシロ企画満載のインスタグラムも必見。
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大阪能楽養成会の思い出
小鼓方として復帰を許された後、僕は「大阪能楽養成会」に入らせてもらえることになった。能楽師を養成する機関は、現在は京都と大阪の養成会と、東京の国立劇場養成所(能楽三役)の3つがある。通常は年度の始まりに入会・修了するのだが、師匠・諸先輩の取り計らいにより、18歳だった高校3年生の秋から養成会の稽古を受けることになったのだ。養成会の先輩からは「今年は二毛作だったか」と、やんわり揶揄(やゆ)された。
養成会に入って約半年後の2015年2月には、大阪能楽養成会研究発表会に出演させていただくことになった。演目は独調(どくちょう)「笠之段(かさのだん)」。独調は、謡1名(例外を除く)と囃子方(小鼓、大鼓、または太鼓)1名が対峙し、能の一部を上演する形式のこと。「笠之段」は、能『芦刈(あしかり)』のうち笠を用いて芸を見せる場面だ。発表会本番では、緊張で腕や身体はブルブル、脚はムッキムキ(それは関係ないが)、構え・掛け声・音のどれをとっても満足とはいかない。とにかく間違えないことを念頭に、習ったことを実践するのみ。舞台の出来はともかく、このとき養成会の講師や先輩に当時の有様を見ていただいたことで、「秋入学の交換留学生」的な立ち位置だった僕は、少しずつ周りに馴染めるようになった。というか、先輩方が受け入れて話しかけてくださるようになった。

当時は大阪・梅田駅から徒歩数分の場所(中崎町)に大阪能楽会館という能楽堂があり、そこで稽古をしていた。大阪の養成会では、自分の役以外(小鼓方であれば、謡・仕舞・笛・大鼓・太鼓)の稽古を教えていただける。僕の場合は入会した次の春から「謡・笛・太鼓」の稽古を受けることになった。
なかでも、能楽の曲(演目)の詞章を決められた節(ふし/高低や抑揚のこと)にしたがって謡う「謡」は能楽の基本なので、きちんと謡えるよう稽古が必要だ。子どもの頃にも謡の稽古はしていたが、大人と同じような稽古はしていない。養成会での謡の稽古は〝きちんと〟謡うことができるようにする稽古だった。謡本(うたいぼん)の読み方を学び、良い発声で、正しい節使いを習ったのは、この養成会での稽古だ。もともと音楽も歌うことも好きだった僕。もちろん謡と普通の歌とは同じではないが、謡うことはとても楽しかった。だんだんと節が身についてくると、先生によって節使いが微妙に異なることが分かった。それぞれの先生が、自分の家に伝わる教えを体現しているのだ。そんな発見もあるから、とくに謡の稽古にはのめり込んだ。
次に、仕舞(しまい)。初めは基本姿勢の「構え」や、すり足で進む「ハコビ」を習い、すぐに囃子方との関連が深い「舞(まい)」の稽古に移った。だが、これが何度稽古を受けても覚えられない。空手の「形(かた)」とは比べものにならないほど覚えにくい(個人の感想です)。なかなか要領を得られず苦戦した末、なんとかかんとか……といった具合。「どうやって覚えてるん?」と、仲間のシテ方に聞いてみても、「小鼓方が手(打ち方)を覚えるようなものだ」と言われ、なんの参考にもならない。このときの僕は、舞の型の順序を記した「型付(かたつけ)」の存在を知らなかったのだ。最終的には、舞台で小鼓を打ちながら、シテ方の舞の道順(動く方向や順序)は分かるようになったが、自分が舞えるかと聞かれると「?」である。

太鼓は、養成会で稽古を受ける一方、講師である三島元太郎(げんたろう)師のご自宅でも稽古をつけていただいた。師は、当時の僕がまったく知らないような専門的なことを、惜しげもなく教えてくださった。厳しくも温かい師の稽古は大好きだった。
笛の稽古は、小鼓の稽古場で笛の唱歌(しょうか/笛の旋律を口で発音するもの)を唱えることが多かったため、基本の曲を覚えるのはわりと早かったと思う。ただ、笛を吹くとなると話は変わってくる。息を強く吹き込みすぎて、すぐに酸欠になってしまうのだ。指先や唇が痺れ、何度も失神しかけた。すると、途中で講師の先生が「もう笛は吹かなくていいから、唱歌でやりなさい」と救いの手を伸ばしてくださることもあった。
養成会では、稽古の順番待ちの時間も楽しかった。今日の稽古ではどんな曲を見てもらうか、終わったらなんか食べに行こうか、などと話したりして余裕のある人がいる一方、喋りかけられないオーラを出しながら、先生に見てもらう前の最後の足掻きをしている人もいた。養成会の稽古日には若い能楽師が稽古場に集まるので、近くにいる先輩がやって来て食事に連れ出してくれたり、意見交換をしたりもした。他にも養成会の思い出は多すぎて書ききれない。思い返せば養成会には5~6年ほどいたが、本当に楽しく稽古をさせていただいた。

(次回に続きます)
#2の記事は↓
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大槻裕一さんの記事は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100815
河村凜太郎さんの記事は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100823