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ニッポン超絶技巧――職人さん探訪

第2回 左官の匠―その16
令和8年8月5日
鏝を使い分ける
 10時10分頃から、白ノロを塗る作業が始まりました。今回は水引きを待つ時間があまりありませんでしたが、ちょうど白漆喰の状態がいい塩梅だったのでしょうね。
「白ノロはサラーっとしているので、白漆喰がドロドロだと塗れないし、水が引きすぎて乾いてしまっても、鏝がツツツとひっかっかってしまって塗れないんです」
 それまではドロッとした白漆喰を載せていた鏝台に、見るからにサラリとした白ノロを載せ、ベテランが塗っていきます。塗っていくそばから、壁がツヤツヤしていくようです。正面からはもちろん、斜めからすかすように見ても、鏝の跡がわからないほどきれいに塗られています。



 白漆喰を塗っている時とは鏝が違います。尋ねると、「白漆喰を塗る時は、中に入っているスサに負けないように、ある程度重みのある地金(じがね)、玉鋼(たまはがね)の鏝を使います。厚みのある強い鏝でないと、スサを押しこむことができませんから。でも白ノロはその必要がないし、サラーっと均一に塗りたいので、しなりが良く薄手の焼き金の鏝を使います」との答えが返ってきました。
 地金、玉がね、焼き金は「鋼(はがね)の硬さ・種類」を表しており、地金は焼き入れをしていない、最も柔らかく粘りがある鉄。玉鋼は日本刀に使われる伝統的な素材で、極めて硬く、かつ粘り強い鋼。そして焼き金は熱した鉄を急冷し、金属を硬くする「焼き入れ」という工程が施された硬い鋼です。ちなみに左官が使う鏝は、素材や用途によって実に300種類以上もあるそうですよ。

左官の仕事には同じ現場がない
 10時15分頃に1回目のノロを塗る作業が終了。水引きを待ち、11時10分頃から再び白ノロの作業が始まりました。みな、鏝を横に滑らすようにして作業しています。
 白漆喰も強度確保のために2回塗りました。白ノロも、塗りムラやひび割れを防止し、耐久性を高めるために複数回塗ります。
 あじま左官工芸の若手、古川さんがベテラン3人の作業をじっと見ています。聞けば古川さんは1浪して入った大学の建築学科(建築専攻)を3年目で中退。なんとなくフリーターをしていた時に「伝統産業や伝統工芸にかかわりたい」と思うようになって、令和7年1月にあじま左官工芸に入社したそうです。入社して約1年半というわけです。
「いろいろな会社の面接に行きましたが、仕事が楽しそうだなと思ったのはここだけだったんです」
 古川さんは「左官という仕事について全く知りませんでした。でも仕事をしてみると、同じ現場がないんですね。その現場で臨機応変に対応しなくちゃいけないし、創意工夫しなくてはいけない。そういう点が魅力的だと思います」と話してくれました。
 2度目の白ノロ作業も十数分で終了しました。次は12時半頃から3度目の白ノロの作業を行うとのことです。



黒ノロに含まれた炭素の微粒子が深い黒色を生み出す
 12時40分頃、長谷さんが古川さんと一緒に、これから使う黒ノロを作り始めました。
 これまで見てきたように、白漆喰は消石灰(水酸化カルシウム)にスサと糊成分を混ぜたもの、白ノロは白漆喰からスサを取り除いたもの、遊離石灰とは水などと結合せずに単体で残った水酸化カルシウムでした。黒ノロは消石灰に糊成分と油煙(ゆえん)を混ぜたものです。
 この油煙が、黒ノロの色です。油煙は菜種油などを不完全燃焼させて集めた最高級の煤(すす)で、粒子が非常に細かく、深い黒色を出せるそうです。そして煤の主成分である「炭素」の微細な粒子が光を吸収、乱反射させることでピアノのような質感の美しい壁が生まれるといいます。



 この黒ノロの配合は左官によっても、現場によっても違います。
「これまでの経験で得た自分なりの知識で作るので、正解があるわけじゃないんですよね。今も迷いながら作ってます」(長谷さん)
 その知識も常にブラッシュアップさせ続ける必要があります。「新しい素材も出てくれば、メーカーが新商品を出すこともあるので、どんなメーカーがどんな材料を作っているか」という知識が重要だと長谷さんは言います。
「こんな貝灰がこの会社から出ているとか、その貝灰はこういう下地とは相性が良かったとか悪かったとか、現場を踏んでいると、そういう知識が増えていくんですね」
 ただし、いつも成功するとは限りません。
「必ずフィードバックがあって、あとで『あそこの壁、はがれてきたぞ』とか伝わってくるんです(笑)。その時は良かれと思って工夫したんですけどね。材料は今後も新しいのが出てくると思いますので、元気なうちはいろいろ工夫していこうと思ってます。元気じゃなくなったら、同じ材料、同じ配合を使うかな(笑)」
 この黒ノロは1年以上前に作ったそうです。白ノロと同じで、作り置きしている間に遊離石灰分が浮いてくるので、ある程度時間を置いておいたほうが良いのです。
 長谷さんは遊離石灰を丁寧に除去した黒ノロに水を加えて希釈していきます。やはり白ノロと同様にサラリとした状態にするわけですね。





 今日の取材にあたり、黒漆喰の鏡面仕上げについて調べたところ、「一人の職人が仕上げられるのは1日1㎡」という言葉がありました。それほどまでに難しい作業なのでしょうか。
「鏡面仕上げは確かに難しいですが、求められているグレードによって違ってくると思いますよ。10段階に分けて最上位の10を目指すなら、1㎡も無理です。でも1のレベルでいいならもっともっと塗れる。今日のグレードなら1㎡よりもう少し塗れる。ただ、今日のような三角形の壁は、鋭角の部分をきれいに仕上げるのが難しいんです」(長谷さん)



(次回:8月12日予定 取材・文/岡田尚子)

その15(前回)https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100905
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