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明治の超絶技巧にびっくり!

『皇室』バックナンバーより 第3回
令和7年8月8日
今回は、宮内庁三の丸尚蔵館で開催された展覧会をご紹介する。
平成5年、皇居東御苑に開館した宮内庁三の丸尚蔵館は、
平成元年に上皇陛下と香淳皇后が、
代々皇室に受け継がれてきた約6千余点の品々を国に寄贈されたことに始まる。
収蔵品には平安時代から近代まで各時代の貴重な作品が多数含まれている。
その収蔵品をもとに折々にさまざまな展覧会が開催されてきたが、
平成14年7月6日から9月8日まで開催された
「第29回展覧会 細工・置物・つくりもの-自然と造型 」は画期的なものだった。
展示品がいずれも奇想天外な発想と、想像を絶する細密さを
惜しみなく発揮した超絶技巧の作品ばかりだったからである。

(15号より)

芸術とは?
 鼈甲(べっこう)で作られた本物そっくりの伊勢海老、本物のキノコを乾燥させて作った置物、鵞鳥(がちょう)の卵の殻で作られた盃……。
 この展覧会は、自然物そのままを用いた置物、工芸品や多種多彩な造り物、細工物などを紹介したユニークな展覧会であった。こういった品々は、現代日本では「芸術」として認められておらず、一段低い「職人芸」と見なされていると言っても過言ではない。しかし、日本においては少なくとも近代の一時期まで、「芸術」「美術」の一部であった。
 この展覧会には、これらが果たして本当に、現在、「芸術」とされている造形物と本質的に価値の異なるものかどうかを考えるきっかけにしてもらいたいという企画意図があった。そう語るのは当時の三の丸尚蔵館の主任研究官・大熊敏之さんだ。
「こうした非常にリアルな造形物には、見る人を無条件で惹きつけてしまう力があります。ところがその反面、芸術としての工芸、あるいは彫刻とは区別されて軽視されがちです。なぜなら、芸術とはつくり手の創意工夫によって、高い精神性と内的生命感を表現するものだという考え方があるからです。けれども、そんな思い込みを見直してみてもいいのではないか――実は今回の展示には、そんな狙いもあるのです」(大熊さん)

かたどる・まねる
 作品は用途や技法によって4つのテーマに分けて展示された。
 最初に紹介するのは「かたどる・まねる」。ある素材を用いて、なにか別のモノを作りだした作品群で、身近な動植物がモチーフとして取り上げられることが多い。先の鼈甲製の伊勢海老のほかにも、瑪瑙(めのう)で作られた金魚。瑪瑙の石の目が金魚の模様に活かされている。
 走る馬の躍動感を見事に表した木彫、象牙製のとうもろこしの置物、同じく象牙に彩色を施した柿の置物など、すべて本物と見紛うばかりである。
「こうした牙彫(げちょう)作品は、明治期にたくさん生み出されていました。そして一時は彫刻・彫塑の分野で認められていたにもかかわらず、その後海外への土産品、輸出品という性格が強くなり、工芸としても認められ難くなってしまった。鼈甲についても同じような見方がなされたまま、今に至っているのです」(大熊さん)



たっとぶ・みたてる
 次なるテーマは「たっとぶ・みたてる」。自然そのままの形を飾ったり、何ものかに見立て、鑑賞の対象とするものだ。展覧会では、吹上御苑に生えてきた本物のキノコを乾燥させた置物が展示された。中国で不老不死の秘薬とされ、漢方薬の原料として珍重されている霊芝(マンネンタケ)が生えてきたのを瑞兆としたゆえの作品である。
 また、羽黒山に見立てた会津の真黒石(まぐろいし)、石に浮かぶ白いラインを瀧に見立てた紀州の古谷石(ふるやいし)といった水石(すいせき/観賞用の自然石)も展示された。水石が現在の日本では趣味の分野とされ、美術とみなされない理由は、「自然物そのままで人間の創造物ではないというところが、造形は無から生み出すものであるという19世紀静養の保守的芸術概念のひとつから外れて」(大熊さん)いるからだという。

いかす
 3つ目のテーマは「いかす」。先に紹介した「たっとぶ・みたてる」から一歩進んだ考えで、自然物の形を活かしてさらなる価値を生み出そうとした作品群である。
これらが実にユニークで、たとえば鵞鳥(がちょう)の卵の殻で作られた卵殻盃は、卵の殻に蒔絵(まきえ)を施し、小川と竹の風景を描いたもの。さらに驚くのは、かんきつ類であるザボンの中味をくりぬき、外側をそっくり使った菓子器。ザボンの皮が肉厚であることを活かし、皮の内側に漆を塗り、外側に蒔絵を施してある。
「(前略)もともとある形を活かして最大限に美しく見せるというのは、いわば遊びごころの発露。同時に、自然物の形をそのまま活かして他のものに転用するという考えは、花生けに代表されるように茶道に根ざしたものでもあります。これは、日本の伝統的美意識が、近代になっても生き続けていた証といえるかもしれません」(大熊さん)



もちいる
 最後のテーマは「もちいる」。自然の素材を加工して作られた作品の紹介である。
 櫛、鏡などの化粧道具が、華やかな蒔絵、貝の輝きと細かな細工が美しい螺鈿(らでん)、緻密な彫金などで贅沢に飾られている。光を透過させる鼈甲のあたたかな雰囲気が、それらの品々に単に贅沢なだけではない味わいをもたらしている。
 白樺樹皮の風合いによって山や湖の景色を表現した白樺皮細工絵、白樺の地に焼串を当てて濃淡をつけて情景を描いた焼絵(やきえ)も展示された。この焼絵というジャンルも、かつては絵画として分類されていたが、やがてその枠から外されてしまった経緯がある。
 ここまで紹介してきた作品の数々は、確かに現在の視点からすれば「芸術」とは少し違うかもしれない。しかし信じられないほどの超絶技巧や、ユーモラスにも思える創意工夫には、見る者の心をはずませる力がある。目の前の作品を見て、自由に心を遊ばせる――このユニークな企画は、まさに芸術鑑賞の原点を思い起こさせる展覧会であった。
 なお、宮内庁三の丸尚蔵館は令和5年10月に宮内庁から国立文化財機構に移管され、
皇居三の丸尚蔵館となった。現在の所蔵品は1万点弱にのぼる。

*『皇室』15号では、当時の主任研究官・大熊敏之さんに取材し、記事を作成しました。
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