皇室WEB

皇后陛下の御親蚕 第一回

『皇室』バックナンバーより 第6回
令和7年9月12日
皇居の森の奥深くに「紅葉山御養蚕所(もみじやまごようさんじょ)」と呼ばれる建物がある。
ここはまさに日本の絹の聖地ともいうべき場所で、
明治の昭憲(しょうけん)皇太后以来、歴代の皇后がここで養蚕に取り組まれてきた。
『皇室』20号では、平成15年のご養蚕と「小石丸」という品種について、
そして紅葉山御養蚕所で採れた生糸が正倉院宝物復元の救世主となるまでの経緯を紹介している。
その内容を簡単に紹介する。
また、小石丸による正倉院宝物復元については第8回で掲載する。

(20号より)



小石丸と正倉院宝物
 皇室と養蚕のゆかりは古く、『日本書紀』にも、蚕が皇室で育てられていたことが記されている。その後、幾度かの中断を経て、明治4年(1871)に昭憲皇太后により始められ、以降、「皇后御親蚕」(こうごうごしんさん)という形で歴代の皇后に引き継がれてきた。
 現在、ご養蚕は皇居内の紅葉山御養蚕所で行われており、日中交雑種と欧中交雑種、そして日本産種の「小石丸」が飼育されている。屋外で天蚕も飼育している。
 小石丸は大正天皇の皇后、貞明(ていめい)皇后のお気に入りの品種だったため、ながらく飼育されていたが、飼育に手間がかかるうえに採れる糸の量が少ないため、昭和50年代後半から飼育中止が検討されていた。
 しかし、上皇后陛下の思し召しによって、わずかながら飼育が続けられていた。
そうしたなか、平成5年に正倉院事務所より「正倉院宝物(絹織物)を復元するにあたり、奈良時代の糸に最も近い小石丸の糸を使わせていただけないか」という申し出があった。
 上皇后陛下は、大切に育てられてきた小石丸が文化財復元に役立てられることを喜ばれ、翌平成6年から小石丸の飼育頭数を6~7倍に増やし、正倉院事務所に送られることになった。この絹織物の復元事業は平成6~15年間の10年間にわたって続けられ、のべ19点におよぶ宝物が復元された。

皇居内には3か所の桑園がある
 皇室のご養蚕は、毎年5月初旬の「御養蚕始(ごようさんはじめ)の儀」から始まり、7月初旬の「御養蚕納(ごようさんおさめ)の儀」まで、約2か月間にわたって行われる。
紅葉山御養蚕所には養蚕の専門家である主任もおり、皇后陛下のご養蚕を手伝っている。
 養蚕の作業は次の段階からなる。
① 蚕の餌となる桑の手入れと採取
② 蚕への給桑(きゅうそう)
③ 繭を作る準備のできた蚕を、繭を作る場所へ移す上蔟(じょうぞく)
④ 繭を収穫する収繭(しゅうけん)
⑤ 種繭を浮かさせ、交尾・産卵させる種採り
 皇后陛下は「御養蚕初めの儀」「御養蚕納の儀」のほかに定例行事として2回の御給桑、上蔟、初繭掻(はつまゆかき/初めての収繭)に臨まれる。
ちなみにご養蚕に用いられるすべての桑は現在、皇居内にある3か所の桑園でまかなわれている。赤坂御用地内にも1か所あり、皇居内の桑が不足した場合に収穫されるという。



平成15年のご養蚕
 平成15年のご養蚕は5月1日の「御養蚕初めの儀」から始まった。
 上皇后陛下の定例の御給桑は5月9日と12日に行われたが、22日にも行かれている。また桑の収穫にも3回臨まれた。
 蚕の食欲は成長するごとに高まっていき、上蔟前の4~5日間は日に3回の給桑が必要になる。この時期、蚕が食べる桑の量は3グラム強。平成15年時は約14万5000頭の蚕がいたため、1日に400キロを超す葉を収穫した。
 上皇后陛下は蚕が桑を食べる音をお聞きになるのがお好きだったといい、「さわさわ」と雨音を思わせる食音によく聞き入っておられたという。
 上蔟は5月23日に行われた。
 蚕が繭を作る専用の場所を蔟(まぶし)といい、一般の蚕には「回転蔟」を用いる。蚕が一頭ずつ入るのにちょうどよい大きさのマス目に区切られたボール紙製の枠である。
しかし身体の小さな小石丸に回転蔟は大きすぎる。また、小石丸は動きが鈍いため、つるりとして足場のないボール紙製のものよりは、藁(わら)のような素材のほうが望ましいということで、藁蔟が用いられる。
 以前は御養蚕所でもビニール製の蔟が使われていたが、上皇后陛下のお考えで昔ながらの蔟を用いることになったという。平成9年からは上皇后陛下自ら藁蔟を編まれていた。
 上蔟して一晩明けると、蚕は繭を吐きはじめ、2~3日で繭になる。さらに2~3日後、蚕は繭の中で脱皮して蛹(さなぎ)になる。これを蛹化(ようか)といい、蛹化してしばらくすると繭を蔟から外す。その最初の作業が初繭掻で、平成15年は5月30日に行われた。
 6月4日には、正倉院のための小石丸の繭が群馬県の製糸工場に送られた。
 ご養蚕のしめくくりとなるのが、種を次代に残す「種採り」である。種繭として選ばれた個体を浮かさせ、交尾・産卵させる。 
 産卵後の雌(母蛾/ぼが)と卵は、微粒子病という感染病けんさのために、つくば市にある研究機関に送られる。
 種採りから2週間ほど経った6月27日、「御養蚕納の儀」が行われ、平成15年のご養蚕はすべて終了となった。

『皇室』20号では、詳しい内容と豊富な写真をお楽しみいただけます
お買い求めは→https://www.nihonbunka.or.jp/item/detail/100091
ページ上部へ移動