読みもの

熊本弁から始まった当連載。今回も熊本弁の第3弾をお届けする。
第3回「きゃあ(きゃー)」熊本弁
熊本民謡といえば「おてもやん」である。
「おてもやーーーん、あんたこの頃、嫁入りしたではないかいな。嫁入りしたこたしたばってん」で始まる軽快なリズムが耳に残る民謡だ。この歌詞の中に
「あとはどうなときゃあなろたい」
というのがあり、標準語に訳すと「後はどうにかなるわよ」という意味になる。
文節に分けると「後は」「どうなと」「きゃあ」「なろ」「たい」で、最後の「たい」は「だよ」を表す言葉である。2番目に出てくる「どうなと」はなんとなく意味が推測できるだろう。分かりにくいのは途中の「きゃあ」である。
この「きゃあ」は、実際のところ「きゃー」と聞こえて、妙にかわいく印象に残るのだが、どういう役割を果たしているかというと、強調する接頭語なのである。つまり「あとはどうなと(きゃあ)なろたい」で「きゃあ」は無くてもいい語なのだ。
無くてもいい語ではあるが、この「きゃあ」は日常でよく使う。事例としては以下だ。
「あん時ね、言わんでよかとに、きゃあ言うたったい」
つまり、「あの時、言わなければよかったものを、つい言ってしまったんだ」という意味になる。「きゃあ言うた」「きゃあした」「きゃあ飲んだ」……なんとなくかわいいイメージなのだが、失敗の意味を多分に入れたい時に使う接頭語なのである。
このように、見かけは標準語のように見えて、意味が標準語とはまるで違う語も方言には多い。熊本弁で代表的なのは「直す」だろう。かつて、私は、東京に出てきて、「そのゴミを直しといて」と言って、全然、意味が通じなかったことを覚えている。熊本弁で「直す」とは、もちろん矯正や訂正、修理などの意味もあるが、片付けるの意味も含まれるのである。
また、最近まで標準語と思っていた言葉として「離合(りごう)」がある。これは、狭い道路を車がすれ違うことを言い、用例としては以下のようになる。
「あん車は離合のへたくそねー」(あの車の運転手は、すれ違いが下手だねー)ということになる。
なお、熊本では、屁(へ)は「こかない」。屁は「振る」ものなのである。
「あん時、屁ば、きゃあ振ったったい」(あの時、つい屁をこいてしまったんだ(笑))……。
文/伊豆野 誠