読みもの

うちの父がしょっちゅう使っていた頻出ワードである。夜遅く帰宅すると、今日仕事場で起こったあれやこれやについて母にグチったあと、
「まー、わやだでかん」
こう言い放つのがお決まりのパターンだった。きっと口癖になっていて、このセリフを吐かないとグチが収まらなかったんだろう。
「わやだでかん」というフレーズは、「わや」「だで」「かん」の3つの言葉から成り立っている。
冒頭の「わや」は、名古屋以外の地域でも使われているそうだが、地域によってニュアンスが若干異なるらしい。自分が子供のころ、じつによく耳にした。たとえば、こんなかんじ。
「ケッタが壊れてまって、わやだて」
(自転車が壊れちゃって、大変だよ)
「部屋ん中がもう、わやだわ」
(部屋の中がもう、めちゃくちゃだわ)
つまり「大変」だったり「めちゃくちゃ」だったりする状況を表すのが「わや」だ。たったの二文字だが、「今日はわやだったわ」と言われれば、こちらは(ああ、大変だったのね)と察し、「どうしたの?」と訊き返せる。ある意味、便利な言葉で、だからこそ頻出ワードだったのだろう。今で言う「やばい」みたいな言葉かもしれない。
なお、名古屋弁では「わやになる」という言い方もして、これだと「台無しになる」という意味になる。
次の「だで」は「〜だから」「〜なので」がなまった形。最後の「かん」は 「いかん」の省略形で「いけない」の意味。これをセットにした「~だでかん」も、名古屋弁で頻出する言い回し。直訳すると「~なのでいけない」なのだが、何かを否定するというよりは強調するための言葉で、「~だよ、やれやれ」「~だよ、まったくもう」みたいなニュアンスで使うことが多い。これを最後につければ、何を言ってもとたんに名古屋弁らしくなる魔法の(?)ワードのひとつだ。ためしに、これまでの名古屋弁の回で紹介したあの言葉につけてみよう。
「あれっ、窓がぱーぱかぱーだでかん」
(あれっ、窓が開けっぱなしだよ、まったくもう)
「うわっ、セーターがほこりまるけだでかん」
(うわっ、セーターがほこりまみれだよ、やれやれ)
ほらね、もう名古屋弁まる出しってかんじ。
というわけで、「わやだでかん」は「大変だよ、まったくもう」という名古屋人のやりきれない嘆きの心情を表している。意訳すると、「なんてこった」「えらいこっちゃ」「オーマイガー」あたりだろうか。「わやだてかん」ときたら「そら、わやだわな」と受け止めてあげていただきたい。
(文/中尾千穂)
※ここでは名古屋弁としていますが、東海地方はじめ他地域でも同じ方言が使用されている可能性があります。
※前回はこちら
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100740