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ニッポン超絶技巧――職人さん探訪

第2回 左官の匠―その11
令和8年4月1日
蔵の扉のデザインのすごい秘密とは
 屋根の作業を見終わった後、長谷さんが前回からずっと作業している扉の前に行きました。1か月半前と比べるとずいぶん厚みが出て、「蔵の扉」のイメージに近くなっています!
「今は中塗りが終わり、漆喰を塗るだけになりました」
 そばで見ると思った以上に厚みがあります。これで約6寸(約18センチ)だそうで、ドロドロの状態の土を何度も何度も塗って、ここまで分厚くしていくのは本当に大変な作業だと思います。



「しかも扉も、扉を受ける建物側も3段の階段状(掛子/かけこ)になっていますよね。これらがきれいに合わないといけない。観音開きになっている扉同士の掛子も、扉と建物の掛子も、それぞれがどこにも当たらないように、しかも隙間がないように成形しないといけない。カンナで木を削るのとは違い、土や漆喰という素材でこういう階段状のものを成型するのは本当に大変なんです」
 ここで長谷さんが扉を実際に閉めてくれました。左右の扉は見事にぴたりと閉まりました。開け閉めも、どこにぶつかることなくスムーズです。
 と、私はここであることに気づきました。普通の観音扉の扉は中央から半分ずつ左右に分かれますが、蔵の扉は、外から見ると、向かって右側が広く、左側が狭いのです。
「それは階段状になっているからです。蔵の内側から見ると、逆になりますよ」
あ、なるほど、言われてみればその通りです。



「蔵の観音開きの扉は一番外側の扉に当たり、その中側に土戸(つちど)と呼ばれる防火扉があります。蔵によってはさらにもう1枚、引き戸と呼ばれる戸がありますが、通常はその土戸や引き戸から出入りします。観音開きの扉は、非常時以外に開いているため、閉まった状態を見る機会はあまりないんです。この蔵造り資料館は土戸のみですね」 
 閉まった状態を見た時に違和感を覚えたわけがわかりました。でもここで疑問がわいてきました。そもそも蔵の扉はなぜ階段状になっているのでしょうか? 長谷さんにそう質問したところ、思いがけない答えが返ってきました。
「この階段状の形は煙が蔵の中に入るのを防ぐ役割を担っているんです。空気の通り道をジグザグにすることによって煙を侵入させにくくさせているんです。土蔵は耐火建築ですが、燃えないだけではダメで、煙も入れてはダメなんですよ。煙が入ったら中のものが燻されて使えなくなりますからね」



 答えを聞いた瞬間、目から鱗が落ちるような気がしました。蔵の扉は、そこまで周到に考えられたデザインだったわけですね。
「実際に火事が起きた時は、この扉を閉めて、わずかに空いている隙間に泥を塗りこめていきます。だからこの扉はあまりにぴったりに閉まりすぎるのも良くなくて、扉の中央や上下に適度な隙間があったほうが、泥を詰めやすい。扉を成形するときは、そのあたりのことも考えています」
 現代のような防火性の高い素材がない時代、土と水と漆喰といった自然のものとデザインの工夫、職人の技術だけで作り上げられていたのが蔵なのです。
「僕も、こういう知識は蔵を扱うようになって知りました。調べたり、ベテランの方に尋ねたりしましたよ」

職人によって「正義」が違う
 長谷さんが若い頃、左官に関連した書物はなく、知識を得るには先輩に聞くしか手がありませんでした。
「でもそれが一筋縄ではいかないんです。というのも、若手として現場に入ると、いろんな人から『これはこうだよ』『こうするのがいいよ』という、その人なりの『正義』を聞くわけですが、人によって言うことが違うんですよ(笑)。なので、聞く側としては、その『正義』を自分の中に取り入れるかどうかを判断しなくてはならない。左官として成長ためには、そこが大事なんです。ただ、取り入れるかどうかを判断するのは難しい。こっちにそれだけの知識がないと判断もできないんです」

 今、長谷さんは後輩を教え、導く立場になっていますが、後輩に知識を身につけてもらうため、疑問に思う力、調べる力、面白がれる力が大事だと言い続けているそうです。
「なぜここはこの形になっているのかとか、なぜこのプロセスが必要なのかということを知ると知らないとでは、作業に取り組むときの意識が違ってくるし、意識が違ってくれば出来栄えに影響しないはずがないんです。それにどうせやらなくちゃいけない作業なら、楽しんでやったほうがいいに決まっていますからね」

 長谷さんの言葉には説得力があります。現場で実地に作業することでしか得られない実感が伝わってきます。
「いや、僕もこんなに話せるようになったのは、今の会社(あじま左官工芸)に入ってからです。文化財を手がけることが多くなって、行政側にさまざまな説明をする必要が出てきて、『どう説明すればわかってくれるだろう』『どれくらい伝わってだろう』と考えながら説明してきたので、今の自分の『言葉』になっているんです。それまでは『知る』ことについては貪欲で、先輩にいろいろ聞いて回ったりしていましたけれど、自分の考えや、技術の必要性などを説明する必要なんてないと思っていました。なにしろ職人なんで(笑)」

 そういえば長谷さんは前回の取材の時にも「これからの職人には言語能力が必要だ」とおっしゃっていました。
「これは左官に限った話ではないですが、いろいろな職人がたくさんいて、職人の仕事が身近だったころは、言わなくても周りが理解してくれていましたから、『言葉』をもつ必要がなかったんですよね。伝えたいことはいっぱいあったでしょうが、伝える必要がなかったので、話す訓練もできなかったんだと思います」
 職人=無口というイメージは、こんなところから来たのかもしれません。
「でも職人の数は減っていく一方でしょう。職人の技が暮らしの現場から遠くなり、技を理解する人もどんどん少なくなっていく。そういう時代にあっては、自分たちの技や、技の背景にある考え方などをきちんと説明することが欠かせなくなると思うんです。昔ながらの日本家屋を建てる人が減り続ける今、確実に左官の技が求められるのは寺社建築や、文化財などです。そういう現場に関われるかどうかも、説明する能力にかかってくると思うんですよね」
(次回:4月8日掲載予定 取材・文/岡田尚子)

その10(前回)https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100841
その9 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100840
その8 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100783
その7 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100782
その6 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100781
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その1 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100776
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