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東京国立博物館 特別展「百万石! 加賀前田家」
令和8年4月23日
驚異の大コレクションが60年ぶりに大公開!
 特別展「百万石! 加賀前田家」が東京国立博物館平成館で6月7日まで開催されています。


 ご存じのように、金沢を本拠とした加賀前田家は百万石以上の規模を誇る大名家でした。明治維新後、東京に本拠を移し、華族制度の下で侯爵となった後も、前田家伝来の文化財の保全に努め、16代・利為(としなり)は、大正15年(1926)、それら文化財を保存・公開する育徳財団(現在の前田育徳会)を設立しました。
 旧大名家や公家に伝来した文化財は、第二次世界大戦後の混乱期に散逸したものが多いのですが、加賀前田家所蔵品は年為が育徳財団を設立していたため、散逸をまぬがれたそうです。本年/令和8年(2026)は、その前田育徳会創立百年にあたります。
 本展覧会はこれを記念して開催されたものですが、東京での前田育徳会収蔵品の大規模展覧会は実に60年ぶりとのこと。足利将軍家から信長、秀吉を経て前田家に下賜された茶道具、質・量ともに国内有数のコレクションを誇る刀剣、国宝に指定された中世文書群をはじめとする典籍、絵画、能装束、貴重な舶来品など総計240点! 4月13日に行われた内覧会には多くのメディア関係者が集まり、歴代当主が収蔵・継承してきた文化財の数々、そして百万石の城下で花開いた加賀文化に目を凝らしていました。

歴代当主の陣羽織と甲冑がずらり
 展覧会は5章構成になっています。順に見て回りました。
第1章は歴代の事跡を紹介する「加賀前田家歴代」。その冒頭で来場者を迎えるのは、ひときわ存在感を放つ黄金の甲冑「金小札白糸素懸威胴丸具足(きんこざねしろいとすがけおどしどうまるぐそく )」(重要文化財)です。前田家初代・利家(1539~1599)の所用と伝わる具足で、ポスターにも使用されるなど、展覧会の象徴的存在ともいえる作品です。大胆な造形、華やかな配色に大大名ならではの威厳が感じられます。



 続く広い展示室では、歴代当主の陣羽織(じんばおり)や甲冑がずらりと展示されていました。陣羽織とは、戦陣で武将が甲冑の上に着用した羽織です。鮮やかな配色や意匠に目が奪われます。甲冑もデザインがすべて異なり、歴代それぞれの美意識や気風がうかがえるように思えました。



 これらは加賀藩直営の「御細工所(おさいくしょ)」で製作されたものです。御細工所は江戸時代初期に成立し、明治元年に廃止となるまで続いた加賀藩の一役所です。当初は、武具類の管理と修理補充を主な任務としていましたが、全国から名工を招聘。一子相伝による縦割りが常識だった漆工、金工、木工など各分野の職人を一堂に集め、集団で技術の研鑽に取り組みました。江戸末期には100人を超える職人が御細工所に所属していたとのことで、金沢がこんにちでも工芸の都として名高い背景には、歴代藩主の美術工芸振興策があったことを知りました。 

16~17世紀にベルギーで織られた巨大なタペストリー
 第2章「百万石の文化大名」では、太平の世へと移りゆくなかで、外様大名だった加賀前田家が、豊富な財力で文化大名として存在を示していった過程が描かれています。先に紹介した御細工所が充実していったのも、この間のことでした。
 歴代でいえば、3代の利常(としつね/1594~1658)は貴重な書画や舶来の文物を精力的に蒐集。その蒐集にかける情熱は5代の綱紀(つなのり/1643~1724)の時代で頂点を迎えたそうです。
 第2章の展示で目を奪われるのは、なんといっても華麗なタペストリー「アエネアス物語図毛綴(けつづれ)壁掛」(重要文化財)です。16~17世紀のベルギーで製作されたもので、17世紀の初めに輸入された後に前田家所蔵となりました。糸や色彩がほぼ製作当時のまま保持されており、世界的にも大変貴重とのことですが、その大きさにも驚かされました。400年以上も前にこういう舶来品を入手し、今にいたるまで良好な状態を保って伝えてきた前田家の財力と美術工芸品蒐集に懸ける思いを実感しました。



 第2章では藤原伊房(これふさ)筆『十五番歌合』(11世紀)、藤原定信(さだのぶ)筆『金沢本万葉集』(12隻)などの国宝や、藤原定家等筆『源氏物語 花散里・柏木』(13世紀)、伝周文筆『四季山水図屏風』などの重要文化財も多数展示されていました。

「天下五剣」のひとつとされる名刀
 第3章「加賀前田家の武と茶の湯」では、前田家伝来の刀剣と茶道具が惜しげなく披露されていました。
 武士の時代、刀は武器としてだけではなく、贈答品としても多く用いられてきました。 将軍家や大名家との関係を繋ぎ、その贈答によって主従関係が結ばれるという役割があったのです。そのため、前田家は名刀のコレクションに力を注いだそうです。
 そのコレクションの白眉が「太刀 銘 光世(みつよ)作(名物 大典太/おおでんた)」(国宝)です。これは「天下五剣」のひとつとされる名刀で、前田家刀剣コレクションの中でも筆頭に挙げられるとのこと。足利将軍家の伝来品で、豊臣秀吉から初代・利家が譲り受けたという由緒があります。作者の光世は、筑後国三池(福岡県大牟田市)の名工。三池典太ともいわれますが、現存作はわずかで、本品はその最高傑作だそうです。反りが強く、勢いのある形をしている刀でした。



 茶道具も刀剣と同じように、名品を所持することは文化的な階層や美意識の高さを示すものでした。写真の「大名物 唐物茄子茶入れ 銘 富士」(重要文化財)は、足利将軍家から織田信長を経て豊臣秀吉へ伝わり、慶長2年(1597)に初代・利家に下賜された茶入れです。茶入れらしく本当に小さなものですが、茄子のようなころんとした姿は可愛らしいだけでなく、赤い盆に乗るその姿は、静謐でありながらも気品に満ちていました。
 千利休から茶を学んでいたとされる初代・利家や2代・利長は秀でた茶人でもありました。家臣にも茶を勧めたそうで、その結果、加賀の地には今にいたる茶の文化が根付くことになったのです。



書物と工芸標本―息を飲むほど素晴らしいコレクション
 第4章「天下の書府」では、5代・綱紀による書物蒐集の事業が紹介されています。この展示は圧巻でした。国宝や重要文化財がずらりと並べられています。『日本書紀』の現存最古の写本(国宝)をはじめ、これまで資料として目にしていた源俊房(としふさ)の日記『水左記』(すいさき)の自筆本(国宝)、菅原道真編纂『類聚国史』(るいじゅうこくし)の古写本(国宝)、藤原実資(さねすけ)の日記『小右記』(しょうゆうき)の最も古い写本(重要文化財)、などもあり、初めて見る実物に思わず目を見張ってしまいました。
 この章のみどころのひとつは「東寺百合文書」(とうじひゃくごうもんじょ/国宝)です。これは京都の東寺に伝えられてきた約2万5千点に及ぶ中世文書群で、8世紀から18世紀までの1千年間にわたる政治・経済・宗教に関わる記録が網羅されています。現在は京都府立京都学・歴彩館(旧京都府立総合資料館)が所蔵しています。
 この膨大な文書の整理に一役買ったのが、5代・綱紀です。綱紀は東寺から文書を借り出すなどして目録の作成や文書の書写を行いました。そして1685年、文書の整理を終えた綱紀は、文書の保存容器として百個の桐箱を東寺に寄進しました。以来、文書群は「東寺百合文書」と呼ばれるようになり、桐箱に納められて伝えられてきました。文書群は資料的価値が非常に高いことから1997年に国宝に指定されましたが、その背景には綱紀の尽力があったのです。



 しかしそれ以上に注目したいのが、綱紀が自ら整理分類し、命名した工芸標本「百工比照」(ひゃっこうひしょう/重要文化財)です。これはこの展覧会全体を通しても極めつけの展示で、息をのむほど素晴らしいものでした。
「百工」とは諸種の工芸、「比照」とは比較対照するという意味で、江戸時代の工芸技術が網羅された標本集です。各手工芸の実物資料や見本、模造品、模写の図案や絵図、文書資料などからなり、2000点以上に上る品々が11の箱と2つの附属箱に収録されています。
 調べたところ、加賀藩が蓄財しすぎると幕府から警戒される恐れがあったため、綱紀は資金に余裕がある時は散財をしたそうです。武力ではなく、学問、文芸に財力を注いでいるということをアピールするねらいもあったとか。その結果が現在の前田育徳会のコレクションにつながっているのですから、素晴らしい散財だったと言わざるをえません。





侯爵家となっても
 第5章「侯爵前田家のコレクション」では、近代以降の前田家のコレクションが見られます。近代以降、加賀前田家は本拠地を東京に移し、侯爵家となりました。16代・利為は5代・綱紀の偉業にならい、美術工芸品の蒐集や伝来品の整理に努めました。そして伝来品を確実に後世に存続させるべく設立したのが、先述したように、大正15年(1926)創立の育徳財団(現・前田育徳会)でした。この章では、東京・駒場にある旧前田家本邸洋館の室内に飾られていた品々が展示されています。
 利為が日本大使館付武官としてヨーロッパに滞在中、フランスの彫刻家フランソワ・ポンポンのアトリエを訪れて直接注文したシロクマや、利為の肖像画のほか、秋山大観、ルノアールの絵画、ルイ14世やナイチンゲールの自筆書簡などもありました。今後はモーツアルトやラフマニノフの自筆楽譜も展示されるそうです。



 内覧会の最後、加賀前田家の現当主、19代・利宜(としたか)さんが挨拶に立ち、今回の展覧会に対する思いや、先々代の祖父・利建(としたつ)さんとの思い出話などを話してくれました。東京では60年ぶりとなる大規模展覧会は、歴代の思いを受け継ぎ、コレクションを維持・管理してきた前田家にとっても特別な意味のあるものなのでしょう。
 日本書紀、甲冑からルノアールまで…。蒐集年月の長さ、幅の広さ、質の高さ、管理のすばらしさ、そして加賀百万石の財力! 本当に驚異的な展示でした。

前田育徳会創立百周年記念 特別展「百万石!加賀前田家」
会期:2026年4月14日(火)~6月7日(日)
会場:東京国立博物館平成館
※詳細は下記公式サイトへ
https://tsumugu.yomiuri.co.jp/kagamaedake2026/
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