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角(かど)をきれいに出すのが大事現場に到着した時から気になっていたのですが、なにかちょっと生臭いような、むわっとした臭いがします。これは白漆喰の臭いなのでしょうか。
あとで長谷さんに尋ねたところ、これは白漆喰にまぜた海藻由来の糊の臭いとのことでした。
この連載の1回目でも説明しましたが、漆喰の主原料は天然鉱物資源の石灰で、そこに麻などを繊維状に細かく刻んだ「スサ」、海藻由来の糊を加えて作られています。その糊の臭いだったというわけです。ちなみに今日使っている白漆喰はあらかじめ作っておいたもの。乾いてしまうのでは?と思いますが、攪拌(かくはん)すると作った時と同じ状態に戻るのだそうです。
4人が場所を移動しながら白漆喰を塗っていきます。三角形の下側の角を塗る時など、狭い足場の上で身をよじりながら塗っています。ベテランの人は「身体が固くて曲がらないので大変です。でも角をきれいに出す(塗る)のが大事なんで」と言いながら塗っていました。
近くにはいろいろな鏝(こて)が置かれていて、塗る場所によって使う鏝を変えています。そして使い終わった鏝はすぐにバケツに入った水できれいにすすぎ、次に使う時に備えていました。白漆喰が固まる前にきれいにしておく必要があるのだそうです。

「白漆喰が締(し)まる」とは?
8時半頃から始まったという作業は、9時20分頃、いったん休憩となりました。作業の終わり頃、近くにいたベテランさんに今後の予定を聞くと、「白漆喰が締まるのを少し待ってから2度目の白漆喰を塗る」とのことでしたが、「締まる」とはどういう意味なのでしょうか。また、そもそもなぜ白漆喰を2度も塗るのでしょうか。
「“締まる”というのは、白漆喰の水が引くという意味なんです」(長谷さん)
ちょうどいいのは、1回目に塗った漆喰が「表面はしっとりと湿っているが、触っても手に付かない状態」。いわば「半乾き」の状態です。
「なんでもそうですけど、水分の表面張力で保たれていた表面が、水分が抜けることで凹んでいく。その時点でもう一度塗って平滑(へいかつ)にするんです。そしてこのタイミングで2度塗ることで、1層目と2層目が完全に一体化し、剥がれにくく美しく仕上がるんです」(長谷さん)
水が引いていく速度は天候や湿度、下地によって変わるので、塗った壁の状態を注意深く見極めながら、2度目の白漆喰塗りを始めるタイミングを決めるそうです。どんどん水が引いていくので間を置かずに塗る場合もあれば、なかなか水が引いていかないのでかなりの時間待つという場合もあるというわけです。
1度目と2度目の塗り方も違っていて、ベテランの方は、「2度目の時はスサを伏せ込むように塗っていき、壁がさらに平滑になるように仕上げていく」と話してくれました。先にも説明しましたが、「スサ」とは漆喰の中に混ぜられた、細かく刻んだ麻です。このスサを漆喰壁の中に押し込むようにして塗っていくわけです。私の目から見ると、この時点で妻壁は十分に平滑のように見えましたが、まったく十分ではないようです。
「白漆喰の後は白ノロを塗りますが、この時点ではもう凸凹は修正できないので、白漆喰の時点で鏝の跡も残らないように平滑にしておかなくてはいけないんです」(長谷さん)

ツノマタという海藻
休憩中、長谷さんが「これが漆喰に混ぜた海藻由来の糊成分ですよ」といって白い粉状のものを見せてくれました。先ほどの臭いの正体です。
「これはツノマタという海藻を乾燥させて粉状にしたものです。ツノマタは水よりも粒子が細かいので、いきなり水と混ぜても浮いてくる。そこで先にツノマタと石灰の粉同士を混ぜておいてから水で練っていくんです」
なるほど、白漆喰には最初から糊成分が含まれているわけです。
文化財の建物や工芸品の漆喰の糊成分にはツノマタが使われるとのことですが、他の糊よりもどういう点が優れているのでしょうか。
「ツノマタは水持ちがいいので、ゆっくり乾いていきます。急激な乾燥、ドライアウトを起こさないので、ひび割れを起こしにくいんです」

このツノマタ、昔は国産だったそうです。漁師町のおばあちゃんや年のいった海女さんたちが内職のような感じで、本業の合間に採っていたのです。ところが左官の仕事が減って、それほどの量が必要とされなくなると、倉庫にあふれるようになってしまい、やがて流通経路が消失。今やチリや韓国から輸入するようになりました。
「昔は海藻のままのツノマタをお湯で炊き、溶かして糊状にしていました。寝かせている繊維のほうが溶けやすいので、本当は倉庫にあふれていたような、採ってから時間の経ったツノマタこそほしいんですけどね」
でも長谷さんは粉状のツノマタにも利点があると言います。
「まずは運搬、保管がしやすい。そしてクオリティを均一に保てる。工業製品なので品質にブレがないんです。ツノマタにはいろいろな種類があるので、昔の国産の場合だと、地域によって緑色のもあれば赤色のもある。クオリティを均一に保つのは難しかったと思いますね」
産地が冷たい海か暖かい海かによって粘度もかなり異なります。伝統産業となると、素材は地場のものがよいとか、昔ながらのものが一番と思いがちですが、現場の人にとっては必ずしもそうではないことがよくわかります。
「昔とは材料の調達法も加工過程もまったく異なっています。この現場を見ても、材料も技術も昔と全く同じものはほとんどないと思います。でもそれは一概に悪いことではないんですよ。ただ悪くはないけど、昔とは違うということだけは知っておいてほしいですね」
(次回:7月29日予定 取材・文/岡田尚子)
その13(前回) https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100903