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瀧口修造 書くことと描くこと
令和8年7月16日

 昭和期を代表する詩人にして美術批評家の瀧口修造(1903–1979)は後年、自身が「デッサン」と呼ぶドローイングや水彩などの作品の制作にも取り組みました。アーティゾン美術館で開催中の「瀧口修造 書くことと描くこと」と銘打たれた展覧会に伺いました。

 1920年代にシュルレアリスムの影響下で詩作を始めた瀧口は、1930年にアンドレ・ブルトンの『超現実主義と絵画』を翻訳します。日本における本格的なシュルレアリスムの初の文献として、同書は美術界に大きな影響を及ぼしました。以降、戦後にかけての瀧口は、海外美術の紹介者として、現代美術の批評家として活躍。『読売新聞』の美術時評を担当し、若手芸術家グループ「実験工房」の設立・命名や、神田駿河台のタケミヤ画廊の展示作家の人選など、作家たちとの協働も行いました。


 展覧会の前半部分である5階展示室では、瀧口の「書く」ことに焦点を当てて紹介されています。瀧口の著作物のほか、彼が批評・紹介した作家――ポール・セザンヌ、パブロ・ピカソ、パウル・クレー、マルセル・デュシャン、ジョアン・ミロ、マン・レイ、草間彌生、野見山暁治(のみやまぎょうじ)、浜口陽三、斎藤義重(よししげ)――などの作品を、石橋財団コレクションより展示。作品の傍らには同作家に対する瀧口の評論が添えられています。併せて鑑賞することで、作家や作品に深く入り込めるように感じられ、また瀧口が美術に投げかける視線や、その思索の流れを追うことで、新鮮な鑑賞体験になりました。


 続く4階の展示室では、瀧口の「描く」ことに焦点が当てられています。四方の壁と中央に置かれたディスプレイケース内に、瀧口自身が制作した作品の数々が、美しく並びます。同展は、石橋財団が収蔵する瀧口作品(他の作家との共作含む)163点の半数余りを一挙公開する初の機会でもあり、多様な実験的手法で制作されたその作品群を総覧することができます。

 瀧口が「デッサン」と呼ぶ作品の制作に本格的に取り組み始めたのは、1960年頃のこと。事の発端について、自ら「文字ではない、しかし何かの形を表わそうというのでもない線、この同じ万年筆を動かしながら、ともかくも線をひきはじめた」と著述しています。このように、ただ手の動きにまかせて線をひく「オートマティスム」は、無意識を探求し、理性や意識とは離れたところで作品を生み出そうとするシュルレアリスム運動を象徴する手法。当時「ジャーナリスティックな評論を書くことに障害を覚えはじめ」ていたという瀧口は、「書く」のに用いた同じ万年筆で「描く」ということに、何らかの糸口を見出そうとしていたのでしょうか。


 いびつな円が並び、ところどころ紙に穴が開いています。これらは火で紙を炙り、焦がしたり、穴を開けたりしたもので、「バーント・ドローイング」と呼ばれる手法。ここでもやはり、火の作用により、意図を超えた造形を生み出そうとする姿勢が窺えます。水の滲みにも似た、ゆらめく炎が紙を浸食していく痕跡が生々しく、面白いものです。


 虚空に浮かぶ幾重にも重なる円環。発光する天体のようであり、こちらをじっと見つめているような気もします。この作品は、ターンテーブルにモーターを取り付けて黒い紙を回転させ、無数の同心円を描き出したもの。フランス出身の美術家で〝現代美術の先駆者〟とされるマルセル・デュシャン(1887-1968)が1930年代に制作した「ロトレリーフ」に着想を得て、瀧口が1963年より試みていた「ロトデッサン」と呼ばれる手法です。


 MRI画像? はたまた鉱物の断面? と見紛うこの作品。無題とする同種の作品が多いなか、《私の心臓は時を刻む》というタイトルが付されています。これは紙を折ったり押し付けたりすることで絵具を転写させる「デカルコマニー」という手法によるもの。1935年頃にスペインのシュルレアリスムの画家・オスカル・ドミンゲス(1906-1957)が初めて実践したとされるこの手法で、瀧口は多くの作品を制作しています。偶発的にイメージを生み出し、見る者がそこから何かを読み解くならば、それはまるで古代の卜(うらない)に似た行為に思えます。


 瀧口の作品には、親しいアーティストや友人への贈り物として制作されたものや、そうした関係性のなかで生まれたコラボレーション作品が多くあります。瀧口に才能を見出され、アメリカを拠点に活動した現代美術家・荒川修作(1936-2010)に贈られたこちらの作品もそのひとつ。瀧口と荒川との間では、瀧口の最期に至るまで、頻繁に往復書簡が交わされました。芸術的な実験の場と位置づけられたその手紙を、瀧口は「交信詩/交信紙」と呼んでいました。つづら折りのような曲線に沿って英語の文字が綴られたこの手紙は、もらった荒川が、紙を回しながら読む様子を想像したものでしょうか。ところどころに配された黒い円は、先述した「バーント・ドローイング」によるもの。互いに触発しあう関係にあった両者の、機知に富んだやりとりが伝わってきます。


 瀧口が1930年代から深い関心を寄せてきたマルセル・デュシャンとは、1958年のヨーロッパ旅行でダリ宅を訪れた際に本人を紹介されて以降、交流が生まれました。瀧口の編集・翻訳によるデュシャンの語録選集は、瀧口の構想した架空の店の名に、デュシャンより彼の変名として知られた「ローズ・セラヴィ」を贈られたことへの返礼に制作されたもの。チェスをするデュシャンの写真や、ジャスパー・ジョーンズ(1930-)、ジャン・ティンゲリー(1925-1991)、荒川修作などの作品も収録されています。

 以上のように、この展覧会でさまざまな作品を目にして、「書く」ことと「描く」ことの双方を志向することは、瀧口にとって、美術や世界と対峙し、思考し、確認するために必然だっただろうことを感じました。日本の美術界に多大な影響を与えた瀧口ですが、その背景には、他者との一方通行ではないコミュニケーションを求め続けた姿勢があるのだろうとも感じました。


瀧口修造 書くことと描くこと
会場:アーティゾン美術館 5・4階展示室
東京都中央区京橋1-7-2
会期:2026年6月23日(火)~10月4日(日)
詳細は下記サイトへ
https://www.artizon.museum/exhibition_sp/takiguchi2026/
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