読みもの

お能の扉、開けといたよ

presented by 月イチ能楽講座 第25回
令和8年10月9日
小鼓方・成田奏さん
「小鼓という道具」#1



 中世にさかのぼる伝統芸能である「お能」は、知れば知るほど面白く、人をひきつけて離さない魅力があります。でも、古い時代の言葉づかいや、ゆっくりした抽象的な動きなど、予備知識なしでは難しく感じてしまうことも。
 そんなお能の世界の扉をぐぐっと開いてくれるのが「月イチ能楽講座」です。関西の若手能楽師のホープたちによる、軽妙なトークに迫力ある実演を交えての解説は「わかりやすい!」「楽しい!」と評判。今回はメンバーの成田奏さんに、自身が演奏する道具(楽器)である小鼓について教えてもらいます。



月イチ能楽講座
東京・大阪・京都で毎月開催、毎回お能の1つの曲(演目)を題材に、能楽師シテ方の大槻裕一(おおつき・ゆういち/写真中)、小鼓方(こつづみかた)の成田奏(なりた・そう/写真右)、大鼓(おおつづみ)方の河村凜太郎(かわむら・りんたろう/写真左)が、若いエネルギーとみなぎる情熱、関西ノリの話芸とキレのある技で、たっぷり解説。オモシロ企画満載のインスタグラムも必見。スマホアプリRadiotalkで聴ける「週イチラジオ」は日曜日18:30〜(予定)配信中。
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「こづつみ」→× 「こつづみ」→〇

 囃子(はやし)の演奏に用いる楽器のことを、能楽師は「楽器」ではなく「お道具・道具」と言う。現在、舞台で使用されている小鼓のほとんどは、小鼓方が各々先人から受け継いだ大切な道具である。

 小鼓は、日本の伝統芸能に用いられる楽器の中では有名な部類に入ると思う。しかしながら、その取り扱いなどを詳しく知っている方は少ないと思うので、少し丁寧に説明してみようと思う。


 まず、小鼓の呼称について。謡(うたい)や仕舞(しまい)などお能にかかわるお稽古をされている方や、能楽を鑑賞される方の中にも、小鼓のことを「こづつみ」と呼ぶ方がチラホラいらっしゃる。だが、小鼓は「こづつみ」ではなく、「こつづみ」である。同じように「大鼓」のことを「おおづつみ」と呼ぶ方もいるが、これも正しくは「おおつづみ」であろう。

 小鼓についての会話の中で「小包」が出てくると、どうも気になってしまう。僕自身、贈り物や餃子を「包む」ことは嫌いではないのだが、小鼓は「小さな鼓(つづみ)」であって、何かが包まれているわけではない。楽屋に置いておく時に小鼓を袱紗(ふくさ)で包むことはあるので、その場合は「こづつみ」なのだろうか? にしても「おおづつみ(大包)」は違和感が……などと考えるだけ無駄なことを考えてしまう。


皮にほどこされた漆の意味


 この連載で以前、河村凜太郎君が大鼓について紹介した記事[https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100926]
にもあったように、鼓類は大きく分けると「皮」「胴(どう)」「調べ」という3つの部分からできている。皮は2枚あり、実際に打つ側を「表皮」、打たない側を「裏皮」と呼ぶ。胴は中央の砂時計のような形状の部分を指す。「調べ」は「調べ緒(お)」ともいい、皮と胴を繋ぎ合わせる麻の紐である。


 皮には、小鼓・大鼓ともに馬の皮が用いられるが、大鼓は成馬の堅めの皮、小鼓は柔らかめの仔馬の皮という違いがある。大鼓の場合は乾いた高い音を出すために、演奏前に皮を炭火で焙じて乾燥させる。そのため寿命が短く、消耗品でもある。反対に、小鼓は独特の柔らかな音を出すためには、皮に適度な湿り気が必要だ。また、皮の寿命は長いが、良い音が鳴るようになるまで使い込む必要がある。舞台で使えるようになるまでには、何年も打ち込んで育てなければならない。

 小鼓の皮の表面には、部分的に黒い漆で装飾がほどこされている。これが装飾的な意図だけでなく「縫い目を保護するため」でもあることは、なかなか知られていないだろう。


 小鼓の皮は、馬の皮を広げて鉄製の「金輪(かねのわ)」に張り延ばして円形に成形し、麻糸で表裏を縫い付けてある。外側を「千綴(せんとじ)」、内側を「十六(じゅうろく)」と呼ぶ二重の縫い目は、皮の緩みを抑える重要な役割を果たしている。この縫い目を、小鼓を打った衝撃やスレから保護するため、漆で補強しているのだ。縫い目以外にも漆が塗られているので、装飾的な意味合いも含まれてはいるが、「調べ」を通す穴の部分にある花びらのような塗りは「花形(はながた)」といい、じつはここにも縫い目がある。ちなみに、大鼓の皮には漆が塗られていないのは、やはり消耗品だからだろう。

 皮の裏面は、漆や膠(にかわ)を混ぜたものを塗った上に和紙を貼った「腰敷(こしき)」によって保護されている。腰敷の厚みが皮の重さや音色に影響するため、重要な部分である。



胴を彩る美しい蒔絵

 小鼓の胴は、桜の木を削り出し、内部を空洞に刳(く)り貫(ぬ)いて成形されている。桜といっても、ソメイヨシノではなく山桜。昔からこの国に根付いている木材を使用している。


 江戸時代の作など古い胴は、手彫りのため、個体によって形状が微妙に異なっている。材料についても、木目の詰まり具合や硬さなど、同じ品質のものはない。音が鳴りやすいよう、桜材の選定や形状には、職人たちによる工夫がなされている。音の鳴りやすさは物理的な構造で解明される話なのかもしれないが、かやうの事、詳しくは存ぜず候。

 胴には漆が塗られ、蒔絵(まきえ)を施して美しく仕上げられるが、この漆は水を弾き、胴を守る役割も果たしている。胴を彩る蒔絵(まきえ)は、丁寧に削られた胴に、命を吹き込んでいるように感じる。蒔絵の繊細な曲線からは、丁寧な道具の扱い方を教わるようにも思う。じつにさまざまな意匠の蒔絵があり、大根やタンポポの蒔絵なら「音(根)を張る」を思わせ、力強い音色を得られる気がするし、季節を表す蒔絵なら「移ろひゆく時」を思い、儚くも美しい音色を求めてしまう。


 舞台で演奏しているとき、お客様からはあまり見えないだろう蒔絵だが、そんなところにも、能楽の美意識が宿っているのである。

 次回は、小鼓の音色や手入れなどについて紹介しようと思う。 


前回の記事は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100947
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