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連載故郷の場所(その10) 「神人共鳴の復興」

■神は人の敬によって

 東日本大震災後、陸前高田市を初めて取材したのは平成23年6月1日であった。
 陸前高田市内は道路が寸断され、橋も流出し、「カーナビが役に立たないから」ということで、今泉天満宮(同市気仙町字中井)の荒木眞幸(まさき)宮司が、市街地の入り口で迎えてくださった。
 木材がへし折られたときに出るのであろう、製材所からのような独特の臭いや、泥の臭いが充満する市街地を、荒木宮司の先導で瓦礫の山を縫いながら、3ヶ月前まで今泉天満宮の社殿があった場所にたどり着く。
 そこには、社殿の基礎と、地元の人々に「天神の大杉」の名で親しまれてきた樹齢800年という大きな杉が一本だけ残っていた(この杉は、のちに枯れることになる)。
 社殿の基礎があらわになった「聖域」には、御幣と神社名の応急看板のほかに、荒木宮司によって「先づ神事」という看板が5月に立てられた。地域の復興において、その核となるべきものとして、神事の重要性を示したものだ。
 さらに荒木宮司はその文言の下に、「神は人の敬により威を増し、人は神の威により徳を増す」という文を加えた。
 これは、北條泰時が中心になって制定した鎌倉幕府の法律「御成敗式目」(貞永元年/1232年)のなかの一文「神者依人之敬增威、人者依神之德添運(神は人の敬によって威を増し、人は神の徳によって運を添ふ)」をアレンジしたものだという。
 東京上野の下谷神社の阿部明徳宮司によると、同社の伝承として、関東大震災での復興においても神事を優先し、神祭りが復興のひとつの核になっていたという(雑誌「SOGI」124号/平成23年7月号)。インフラ整備や区画整理といった目に見える世界の復興が重要なのは言うまでもないが、神事といった目に見えない世界の復興こそが中核にならなければ、故郷は再生されず、なにか別のモノへと作り変えられてしまうと思うのは私だけだろうか。
 ところで、構造物のすべてが流された神社境内に「神は人の敬により…」と大書した荒木宮司の気概に、多くの氏子さんが勇気付けられたのではないだろうか。実際、流出した社殿跡にお参りする氏子たちが多かった。氏子は神の威に支えられ、生きるための祈りをしていた。そして、神は人々の敬を集め、威を増していたのだろう。
 ここには、神と氏子の仲を執り持つ神職がいた。当時のインタビューで荒木宮司は、「神社が核になって今泉を、陸前高田を絶対に復興させるのです」と、腹の底からの声で応えている(雑誌『皇室』51号/平成23年夏号)。
「神は人の威によりて」という文言からもうかがえるように、神と人とは相互に補完的な関係をもつ。だからこそ、復興では「氏子が先か、神(神社)が先か」という議論には違和感がある。どちらが先でも後でもないのではないだろうか。被災神社の例祭や神輿巡幸が感動的なのは、神と人との共鳴が最高潮に高鳴るからだろう。
 神抜きの人はありえない。人抜きの神もありえないのだ。

■もうひとつの「天神」

 陸前高田中心部では、もうひとつの「天神」も被災し、流出した。佐々木克孝著『「祈りの道」被災地巡礼~気仙三十三観音霊場巡礼』(平成24年改訂版)によれば、高田松原の妙恩寺(津波で完全流出)の境内には、「多礼男天神」の碑があった。
 大正から昭和にかけて、乞食のような身なりながらも地域の人々に愛された吉田留吉という人物の記念碑だ。吉田留吉は、いつもニコニコして皆からの頼まれごとを無報酬で引き受けていたという。あだ名は「天神」。多礼男というのは、「野垂れ死に」からのネーミングとも言われるが、定かではない。昭和28年に亡くなった。
 こういった、その土地限定の「伝承」というものは時間とともに消えてゆくのだろうが、吉田留吉さんの実在を示す記念碑は、陸前高田市内にあった、道端の神々や民間信仰、何かの記念碑といった、いくつもの石碑とともに津波で流され、行方が分からなくなっているという。
 石碑に残すというのは、重さといい材質の堅牢さといい、石碑がもっとも安定して後世に残せるものだからだ。しかし、巨大津波は、そういった石碑をやすやすと押し流してしまった。
 津波は、碑文に記された、いわば土地の記憶もろとも、奪ってしまったのだ。
 なお、妙恩寺は平成27年5月、元の境内から約10km離れた同市小友町小ヶ口へと移転復興している。

ライター 太田宏人
(平成28年2月12日掲載)





流出した今泉天満宮の境内で残った「天神の大杉」(平成23年6月1日撮影)


荒木宮司によって立てられた「先づ神事」の看板(平成23年6月1日撮影)


今泉天満宮の境内でインタビューを受ける荒木宮司(平成23年6月1日撮影)

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