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ユネスコの無形文化財に登録された和紙や織物はもちろん陶磁器、漆工芸、刃物、竹細工など、日本には世界に誇る「匠の技」がたくさんあります。私たちの暮らしに今なお馴染み深いものもあれば、残念ながら縁遠くなってしまったものもありますが、そこには人から人へと受け継がれてきた技が息づいています。それらはどのように作られているのでしょうか。長い歴史の中で磨かれ、伝えられてきた文化や職人技を、職人さんへのインタビューで紹介します。時代の移り変わりに伴い、後継者不足や技術の存続が危ういとされる伝統文化を応援したいと思います。第1回 桐箪笥――日本の風土が生んだ世界最高の箪笥
1 桐箪笥が高級であるこれだけの理由
横溝タンス店のこと
第1回は桐箪笥(たんす)の匠、横溝和夫さん(横溝タンス店)(https://yokomizotansuten.pupu.jp/;https://www.instagram.com/yokomizotansuten/)の登場です!

桐箪笥といえば高級家具の代名詞のような存在です。一昔前までは婚礼道具として用いられてきました。抽斗(ひきだし)を閉めれば、となりの抽斗が開き、その抽斗を閉めたと思ったら、今度は最初の抽斗が開き……この「ぴったり感」を思い浮かべる人も多いことでしょう。抽斗を開け閉めするたびに空気が動くのがわかるほどのこの「ぴったり感」は本当にすごいですよね。
ではなぜ桐箪笥は高級とされてきたのでしょうか。また他の家具にはないぴったり感はどこから生まれているのでしょうか。
今回、お話を聞かせてくださったのは埼玉県さいたま市大宮の横溝タンス店の横溝和夫さん(昭和33生まれ)。平成25年、経済産業省が支援する(一財)伝統的工芸品産業振興協会によって桐箪笥伝統工芸士と認定された名工です。

取材におうかがいしたのは令和6年12月3日、空が抜けるように青い快晴の日でした。作業所の前に桐箪笥の材料となる板がずらりと立てかけられているのが珍しく、「これは……」と尋ねたところ、すぐに熱心な説明が始まり、あわててレコーダーを取り出しました。横溝さんを紹介してくださった方の「非常にまじめで穏やかな方です」との言葉通り、こちらのどんな質問にも丁寧に、時には実演しながら説明してくれます。
まずは横溝タンス店の紹介から始めましょう。
同店は大正8年(1919)に同地で創業。横溝さんは3代目です。
「創業したのは私の祖父の春吉です。創業前に浦和の針ヶ谷(はりがや)で修行してから独立したようです。その後を父が継ぎ、広げ、39年前に私が加わりました。私が26歳の時です」
家業を継ぐ前は越谷(こしがや)で3年間ほど修行をしたそうです。
「越谷に行ったのは外の空気を吸いたかったからです。他の職人さんはどういうふうに桐箪笥を作っているのか、知りたかったんです」
浦和、越谷と埼玉県の地名が出てきますが、実は埼玉県は新潟県加茂市、名古屋市、大阪泉州などと並んで国内屈指の桐箪笥の産地で、「春日部桐箪笥」として国の伝統的工芸品の指定を受けています。横溝タンス店があるのはさいたま市ですが、さいたま市も経済産業大臣が指定した「春日部桐箪笥」の産地として指定されており、同店も「春日部桐たんす組合」に所属しています。
では、なぜ春日部一帯は桐箪笥の産地となったのでしょうか。
「伝承によれば、江戸時代初期に日光東照宮を建てた際、江戸から日光街道を通って職人さんたちが日光へ行き、その帰りに春日部周辺に桐が生えていたのを見て、そこで住み着いてこまごまとしたものを作り始めたのがきっかけだそうです。どこまで本当なのかわかりませんが、栃木の鹿沼、春日部、越谷、草加と、日光街道(今の国道4号線)沿いに職人が現在もいるので、かつて職人の行き来があったというのは事実だと思います」

100年先まで使える
資料によれば、桐箪笥が庶民の間でも使われ始めたのは、江戸時代後期から明治にかけての頃です。裕福な家では、女の子が誕生すると桐の木を庭に植えて、お嫁に行く頃に、大きく育った桐の木を切って箪笥にするということも行われていました。この話からも婚礼道具として用いられていた品だったことがわかりますね。
「桐を家具用材として用いるのは日本だけだと思います。誰が始めたのかはわかりませんが、桐という素材はとにかく日本の気候にぴったりなんです」
桐は湿度により膨張・収縮するので、常に引出しの中の湿度が一定に保たれます。つまり、湿気が高くなると、湿気を吸って膨張することによって箪笥の各隙間を防ぎ、逆に乾燥すると、水分を排出して収縮することによって空気の入れ替えを行っています。
また乾燥させた桐は木材の中でも最も収縮率が小さく、出来上がった後の狂いが少ないため、精密な仕上げが可能になります。抽斗の遊びは0.1~0.2ミリほどしかないそうです。これが例の「ぴったり感」につながるというわけですね!

この気密性の高さは火にも水害にも強いという利点も生みます。空気も水も入りにくいので、燃えにくいし沈みにくい。さらに言えば、桐は水の吸収率が高いので、火事が起きても消火活動で水をずっとかけられているような状態になれば、より燃えにくくなります。
桐には虫を寄せ付けないパウロニンやセサミンといった成分や、防腐効果の高いタンニンが含まれているので、「衣服を守る」という箪笥本来の用途にもうってつけです。
日本の気候風土にとって桐という素材ほど望ましい木材はないように思えます。おまけに桐箪笥はあたたかな明るい色調の木肌にまっすぐな木目と、見た目もすっきりと上品ですよね。
「桐箪笥は100年先まで使い続けられるものです。たとえ少し傷ついたりしても表面を削ればきれいになりますしね」
そういえば桐箪笥の修理とか「削り直し」という言葉も聞きますね。
(次回:7月30日掲載予定 取材・文/岡田尚子)