読みもの

お能の扉、開けといたよ

presented by 月イチ能楽講座 第23回
令和8年8月7日
小鼓方・成田奏さん
「能楽公演のつくり方」<主催公演を終えて>



 中世にさかのぼる伝統芸能である「お能」は、知れば知るほど面白く、人をひきつけて離さない魅力があります。でも、古い時代の言葉づかいや、ゆっくりした抽象的な動きなど、予備知識なしでは難しく感じてしまうことも。
 そんなお能の世界の扉をぐぐっと開いてくれるのが「月イチ能楽講座」です。関西の若手能楽師のホープたちによる、軽妙なトークに迫力ある実演を交えての解説は「わかりやすい!」「楽しい!」と評判。彼らは主催公演「月イチ能楽講座スペシャル『錦木(にしきぎ)』」を8月1日に終えたばかり。今回は公演を終えて感じたことなどを綴ってもらいました。



月イチ能楽講座
東京・大阪・京都で毎月開催、毎回お能の1つの曲(演目)を題材に、能楽師シテ方の大槻裕一(おおつき・ゆういち/写真中)、小鼓方(こつづみかた)の成田奏(なりた・そう/写真右)、大鼓(おおつづみ)方の河村凜太郎(かわむら・りんたろう/写真左)が、若いエネルギーとみなぎる情熱、関西ノリの話芸とキレのある技で、たっぷり解説。オモシロ企画満載のインスタグラムも必見。スマホアプリRadiotalkで聴ける「週イチラジオ」は毎週日曜日18:30〜(予定)配信中。
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多くの人たちに支えられて

 小鼓方である自分の場合、通常の舞台への出演は、主催者や関係者の方からご依頼をいただき、当日あるいは「申し合わせ」(リハーサル)に向かい、舞台が終われば楽屋を後にする。以上でやるべきことは完結する。そんな立場で活動する囃子方2名を含む月イチ能楽講座が「月イチ能楽講座スペシャル『錦木』」という公演を主催できたことは、本当に貴重な経験だった。

 公演を終えた今は、大きな反省と、それでも確かに残る達成感との間を行ったり来たりしている。


 主催公演は、公演当日はもちろん、前後を含めてさまざまなが仕事や業務が山積みで、多くの方の協力がなければ成り立たない。今回もたくさんの方々に支えていただいた。ご協力くださった皆様に、心より感謝申し上げます。

 細かな仕事もできる限り自分でやりたい気持ちはあるものの、そのために肝心の舞台へ疲れを持ち込みたくはない。この辺りのバランスの取り方については、昨年「月イチ能楽講座スペシャル」として初めて開催した大阪公演での反省を踏まえて、今回は思い切って人に頼り、甘えさせていただいた部分も多い。


 出演者のお弁当を並べてくださったり、楽屋宛ての荷物を運んでくださったりなど、こまごまとした仕事をしてくださったのは、会場の矢来(やらい)能楽堂・観世喜正(よしまさ)師のお弟子さん3名で、月イチ能楽講座メンバーとほぼ同世代の皆さんだった。朝、僕が会場に到着した時にはすでにバリバリ働いてくださっていて、お三方がいなければ楽屋は到底回らなかっただろう。心より感謝申し上げます。

公演で得たもの

 公演を振り返ると、主催者としての反省点も、出演者としての反省点も無数に浮かんでくる。しかし今回は、ここで反省文を公開するよりも、この公演で「得たもの」について、いくつか書いてみようと思う。

 今回ご出演いただいた先生方、先輩方から強く感じたのは、「思いやり」だった。公演当日の主催者はさまざまな雑務で忙しく、楽屋で心を落ち着かせる暇などないもの。そんななか、温かく声を掛けてくださったり、場を和ませてくださったりする方々には、救われる思いがした。

 昨年の大阪公演でも同じことを感じたのだが、それは自分たちにとって大阪が「ホーム」だからこその空気なのかと思っていた。しかし今回、東京でお相手いただいた先生方、先輩方からも同じ温かさが感じられた。言葉にはされなくても、事あるごとに「頑張れよ」と背中を押していただいているようで、少し勇気が湧いた。

 もちろん、これは僕の勝手な受け取り方かもしれない。それでも確かに、自分が「後輩」として見守っていただいていることを感じた。これから自分が依頼を受けて出演する立場の時には、今回いただいたその思いやりを、今度は自分が返していける人でありたいと思う。


 舞台上で得たものも大きかった。

 囃子方は舞台上で、声の出し方、間(ま)の取り方、音の出し方によって、囃子方同士はもちろん、シテ方(主役)や地謡(じうたい=コーラス隊)と細やかにコミュニケーションを取っている。そうしたコミュニケーションを通して、今回は舞台のあらゆる方向から、「『錦木』という曲は、こういう世界なんだよ」と教えていただいているように感じた。

 前半では、笛のアシラヒ(即興的な演奏)が作り出す、物語の舞台である陸奥(みちのく)・狭布(きょう)の里の秋の空気。後シテの登場シーンで、囃子に太鼓が加わる瞬間の静かな高揚感。その後、シテが過去を再現する場面で「きり はたり ちゃうちゃう」と機織(はたおり)と虫の音(ね)をかけて謡われる響きの面白さ。どれも強く印象に残っている。

 舞台で経験したことのない未知の世界へ導かれ、そこへ付いていこうと演奏する時、自分はどうしても慎重になりすぎてしまう。能の小鼓は、謡(うたい)や笛を一瞬でも聴いてから打つと、演奏全体が乱れてしまう。だからこそ、勇気を持ってスッパリ打ち込むことが肝心なのだが、どうしても怖さが先に立ってしまうのだ。

 しかし、今回は「勇気を持って打とう」と意識していたことに加え、ご一緒した方々の懐の深さへの信頼感も大きく、時に丁寧に、時に大胆にと、思い切って打ち込むことができたように思う。

 こうやって先生方、先輩方の尊敬する部分を少しずつ吸収し、いつか自分も先輩の立場で、それを後輩へ伝えていくことができたら──。なんて夢を見ながら、今はまだ「錦木」の舞台の余韻に浸っている。


前回の記事[シテ方・大槻裕一さん「能楽公演のつくり方」<稽古篇>]は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100935
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