読みもの
7 40年に及ぶ職人人生家業を継ぐつもりはなかった
取材後、横溝さんに職人人生を振り返ってもらいました。
「私は3代目ですが、家業を継ぐつもりはありませんでした。なにか自分に合った仕事があるのではないかと思い、高校卒業後は大学の商学部に進学しました。当初は金融機関などへの就職も考えましたが、いまひとつ踏ん切りがつかなかった。そんな時、父が『じゃあ、やってみたらどうだ?』と言ってくれたんです」
別の仕事をしてみたかったという気持ちはあったものの、自分で見つけられなかったので「仕方ないな」という気持ちだったそうです。
先にも書きましたが、横溝さんは仕事を始めてすぐに越谷で3年間修行しました。ただ当時は仕事を覚えるのに精いっぱいで、やりがいや楽しさを覚えるまではいきませんでした。
「楽しくなってきたのは、横溝タンス店に戻って、最初から最後まで一人で作れるようになってからですね。苦労しながら作り上げた時の喜びは何ものにも代えがたいですし、失敗しながらだんだん上手になっていったという過程を体験できたのがよかったんでしょうね。蟻組をきちんと作れるようになってきたなあとか、カンナをだいぶうまくかけられるようになったなあとか、そう思った日のことはよく覚えています」


これまでの約40年間を振り返って思うことはどのようなことでしょうか。
「仕事の流れの意味と、さまざまな技術の意味を理解する前と後では仕事の質が変わるということです。ただカンナをかけるのや蟻組が上手になったとか、そういった話ではありません。桐箪笥を作るうえで、この工程にはどういう意味があり、次の工程にどのようにつながるのか。そのために必要な技術と精度はどのようなものなのか。これらを理解してから、作業の質が上がり、納得のいく仕事ができるようになったと感じています」
失敗の大切さも話してくれました。
「やはり失敗しないと身に付かないんですよね。木質を見抜く目とかカンナをかける方向とか、いくら言葉で教わってもわからないんです。自分でやってみて、失敗してはじめて理由を考えるようになる。失敗しないと得られないものは確かにあります」
しみじみと話してくれる横溝さんの言葉にはこれまでの日々の重みがありました。
お客さんと繋がりたい
横溝さんの代で新たに始めたこともあります。
「意識して変えたのではなく、世の中の流れに合わせた結果ではあるんですが、背の低い桐箪笥を作るようになりました。リフォームの依頼があった時は、単なるリフォームではなく上に天板を載せてテレビを置けるようにしたり、脚をつけてリビングにも置けるようにしたりしています。やはりお客様と直接話せる機会があると、ご希望が分かるので、こちらから提案できるんですよね」







注文は問屋さん経由で入るのがほとんどなので、一昔前まではお客さんと接することはなかったと言います。しかしお客様の声を聞きたいと思っていた横溝さんは、平成25年にホームページ(https://yokomizotansuten.pupu.jp/)を立ち上げました。インスタグラム(https://www.instagram.com/yokomizotansuten/)でもさまざまな情報を発信しています。HP開設に際しては、経済産業省が支援する(一財)伝統的工芸品産業振興協会の試験を受け、見事に桐箪笥伝統工芸士と認定されました。
「やはりお客様の顔が見えると違います。作業している間にもお顔が浮かんできて、『あ、ここはこうしようかな』と思ったりしますから。とはいえ今も注文はほとんどが問屋さん経由ですが、できればお客様と話し合いながらご希望に沿えるものを作っていきたいという気持ちは強くあります」
(次回:9月18日予定 取材・文/岡田尚子)