読みもの

お能の扉、開けといたよ

presented by 月イチ能楽講座 第21回
令和8年7月17日
大鼓方・河村凜太郎さん
「能楽公演のつくり方」<道具篇>



 中世にさかのぼる伝統芸能である「お能」は、知れば知るほど面白く、人をひきつけて離さない魅力があります。でも、古い時代の言葉づかいや、ゆっくりした抽象的な動きなど、予備知識なしでは難しく感じてしまうことも。
 そんなお能の世界の扉をぐぐっと開いてくれるのが「月イチ能楽講座」です。関西の若手能楽師のホープたちによる、軽妙なトークに迫力ある実演を交えての解説は「わかりやすい!」「楽しい!」と評判。メンバーは現在、8月に予定している主催公演「月イチ能楽講座スペシャル『錦木(にしきぎ)』」に向けて稽古に励んでいるところ。そんな彼らに、能楽の公演を主催する面白さや苦労などを数回にわたって綴ってもらいます。



月イチ能楽講座
東京・大阪・京都で毎月開催、毎回お能の1つの曲(演目)を題材に、能楽師シテ方の大槻裕一(おおつき・ゆういち/写真右)、小鼓方(こつづみかた)の成田奏(なりた・そう/写真左)、大鼓(おおつづみ)方の河村凜太郎(かわむら・りんたろう/写真中)が、若いエネルギーとみなぎる情熱、関西ノリの話芸とキレのある技で、たっぷり解説。オモシロ企画満載のインスタグラムも必見。スマホアプリRadiotalkで聴ける「週イチラジオ」は毎週日曜日の18:30〜(予定)配信中。
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 ジリジリと身の焼けるような暑さの真夏でも、能楽堂の楽屋で大鼓方は炭火の近くに座っています。「気合を入れるため」と言いたいところですが、もちろん冗談。本当の理由は、大鼓の皮を乾燥させるために使う炭火の状態を近くで見守るためです。

 大鼓は甲高く「カーン」(能楽師はこれを「チョーン」と表現する)と聴こえる音を出します。そのような音を出すためには、事前に楽屋で充分に皮を焙(ほう)じて、大鼓を組み立てるときにきつくきつく締め上げる必要があります。この大鼓の楽器としての特製ゆえに、真夏でも炭火の近くで大鼓の皮を見守らねばならないのです。

 能楽で使用する打楽器=鼓類(小鼓、大鼓、太鼓)は、単純に同じように打てば同じ音が出る楽器ではありません。素材の状態、湿度、締め具合、演奏者の身体、そのすべてが音に直結する、非常に大胆かつ繊細な道具です。今回は、私の専門である大鼓の構造や演奏の必需品、日々の準備や手入れについて少しご紹介したいと思います。

3つの部分からなる構造


 まずは、鼓類の基本構造について紹介しましょう。鼓類は大きく分けると「皮」「胴(どう)」「調べ」という3つの部分からできています。

 大鼓の音を生み出す「皮」には、馬の皮が用いられます。非常に強靭でありながら繊細で、湿度や温度によって状態が変化する、まさに〝生きた素材〟です。皮は胴の両側に張るため2枚用いますが、実際に打つ側を「表皮」、打たない側を「裏皮」と呼びます。


 中央の筒状の部分が「胴」です。山桜(やまざくら)の木をくり抜いて作られた胴の表面には漆(うるし)が施され、さらに蒔絵(まきえ)や金箔(きんぱく)などによる装飾が加えられます。砂時計のような独特の形状は、表皮を打つときに得られた打音が、一度すぼめられてまた裏皮へと拡張されて抜けるという仕組みです。小鼓の胴も基本的には同じような構造になっています。


 そして、皮と胴を繋ぎ合わせるのが「調べ」と呼ばれる麻の紐です。この紐には、大鼓をきつく締め上げても耐えられる強靭さが求められます。鮮やかな朱色に染められているのが特徴で、能舞台の無駄の無い空間を邪魔することなく彩ります。

 これらを組み合わせることで、大鼓の甲高い響きを生み出すわけですが、これがなかなか一筋縄ではいきません。冒頭で述べたように、大鼓は皮を炭火に当てて乾燥させ、皮を極限まで張った状態で組み上げます。このときの締め上げ方が非常に重要で、張力によって独特の鋭く乾いた響きが生まれます。実際に触れていただくと驚かれることがありますが、締め上げた大鼓の皮は非常に硬く、その感覚は「フライパン程度の硬さ」と表現されることがあります。

演奏を支える必需品を自作

 演奏する際は、その硬い皮を右手で何度も打ち込みます。そうすると、日々の舞台を何番も務めていくなかで、右手はどんどんと損傷していきます。そのため、現代の大鼓方には演奏の際の必需品があります。


 ひとつは「指革(ゆびかわ)」です。その名のとおり指につける保護具ですが、その作り方は非常に独特なもの。和紙を何枚も重ね、寒梅粉(かんばいこ/もち米の粉)と和紙用の糊(のり)を合わせた特製の糊で貼り合わせて作ります。販売されているものもあるようですが、私は買ったことがなく、折を見て自作しています。形状が平面ではないので、木を削って作った指型に沿わせながら、何層も重ねて成形するため、作るのになかなかの苦労を伴います。貼っては乾かし、貼っては乾かし……気の遠くなる作業を繰り返した後に出来上がった自分専用の指革を舞台で使用しています。

※指革作りに興味のある方はこちらの動画もどうぞ↓
https://www.youtube.com/watch?v=gn_mmu_NQq4&list=PL_kkwPG6Vq0Rs4J3ftocTxfn_2rRyIdS&index=8


 もうひとつが「アテ/アテ皮」と呼ばれる掌(てのひら)に装着する保護具です。牛皮などを縫い合わせて紐を通したもので、掌に固定して用いることで、打撃の衝撃を和らげる役割があります。こちらも自作しています。


 とはいえ、これらを装着していても負担がなくなるわけではありません。きつく締め上げられた皮を強く打ち込むため、毎日舞台や稽古を重ねると、指や手の腹には自然とタコができていきます。大鼓方は大鼓を打つと同時に、自分の身体にも鞭を打ちながら舞台を勤めています。

その時々の音を求めて

 道具の管理方法もまた重要で、本番だけでなく、その前後にも多くの時間と気を遣います。とくに気を遣うのが大鼓の皮の状態です。

 大鼓の皮には二重の縫い目があり、そのうち内側の縫い目を「十六(じゅうろく)」と呼びます(先の写真参照)。これは縫い目の数が16あることに由来する名称です。この十六が切れてしまうと、皮を締める際に均等な張力が得られず、理想的な音になりません。ところが、十六は個体差によって切れやすいことがあります。私の場合は、安心して使えるよう、事前により強度の高い糸へ入れ替えて使っています。舞台上では見えない部分ですが、こうした事前の準備が音を支えています。

 大鼓の音は、胴以上に皮によって左右されるので、季節や湿度によって使用する皮を替えることがあります。たとえば、梅雨の時期。皮は湿気を吸って柔らかくなり、撓(たわ)みやすくなるため、張りの強い硬質な皮を選ぶことが多くなります。反対に冬場はどうかというと、乾燥して皮が締まりやすいため、少し厚みのある皮を選んで、深みのある響きを狙います。

 つまり、大鼓方は常に天気や湿度を読みながら演奏しているともいえます。これは、同じく動物の皮を使用している小鼓方、太鼓方にもいえることです。同じ曲でも、同じ打ち方でも、条件が違えば音は変わります。だからこそ、その日の空気、その日の皮の様子に注意を傾ける必要があります。



消耗する身体の手入れ

 そして、忘れてはいけないのが身体の手入れです。大鼓は身体を使う楽器です。指皮やアテをつけていても、手には少しずつ負担が蓄積します。できたタコを放置すると硬くなり、痛みが出たり、ひび割れたりしてしまいます。そのため、帰宅後にはヤスリで削って整えることもあります。もちろん、その日の演奏で痛みが強く残り、すぐに手入れができない日もあります。そういう日は無理をせず、翌日に状態を見ながら整えます。

 演奏するために手を守る。けれど、手の痛みに怯えていては思うような音が出ない。その覚悟の上に、大鼓という楽器は成り立っています。

 舞台上の空気を引き締めるような、甲高い響き。その背後には、皮の様子を見て、湿度を見て、道具を手入れし、自身の身体も手入れする。そんな日々があります。


前回の記事[小鼓方・成田奏さん「能楽公演のつくり方」<稽古篇>]は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100910

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