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7 龍笛の作り方「その3」――中国の笛にも正倉院の笛にもない工夫とは?引き続き龍笛の製作過程を詳しく見ていきます。前回は調律までのお話でしたね。
4 笛全体にふくらみをつけ、枝折れ形に成形した装飾を首にはめこむ
次に龍笛としての外観を整えていきます。
吹口や指孔以外の部分に「へぎ板」と呼ばれるヒノキやスギの薄い板を巻き付けて木工用ボンドで接着し、厚みとふくらみをつけていく作業です。へぎ板を巻いた上に和紙を張る場合もあれば、へぎ板なしで和紙だけで成型する場合もありますが、現在、藤脇さんはへぎ板のみを使用しているそうです。
「かつては和紙を巻いていましたが、素材が扱いづらいのでへぎ板のみにしました。昔は和紙が高級品だったので、和紙を巻いているもののほうが良いとされていましたが、現在は和紙を巻く職人はあまりいないと思います」

へぎ板は後の工程になる「樺巻」(かばまき/後述)の下地になるので「樺下」(かばした)とも呼ばれます。
へぎ板を巻き付けない吹口や指孔の部分は、煤竹の表皮をそいで削ります(これを「谷をくくる」といいます)。これは音を柔らかくするためと、吹く時に指孔を押さえやすくするためだそうです。
また指孔の周辺には猫掻(ねこかき)と呼ばれる、竹の繊維に沿った筋が浅く彫られています。敢えて傷を入れることで竹に柔軟性を持たせ、竹が指の形に合うようにするためです。
その次に枝折れ形をした装飾を頭部にはめ込みます。首に樺巻をしていない「節」と呼ばれる部分がありますが、その裏側に当たる部分です。
この装飾は「セミ」(蝉)と呼ばれるもので、厚さは約1ミリ。黒檀や煤竹の節部分などの固い木材でできています。龍笛を木に例えると、ちょうど木に蝉がとまっているように見えることから、この名前がついたそうです。日本らしいセンスですね。

5 紐状にした木(樺、籐)を巻き付けて姿を整える
ここからは「樺巻、籐巻(とうまき)」と呼ばれる作業になります。龍笛の素材である竹は縦に割れる性質があるので、その防止のために紐状にした木(樺や籐)を巻いていくのです。

この樺巻は日本で工夫されたもので、中国の笛にも、正倉院の笛にもないそうです。ちなみに節、吹口、指孔部分には巻かないので、これらの部分は素材の竹が露出したままになっています。
樺巻は装飾も兼ねているので、きれいに巻いていく必要があります。神経を使う非常に難しい作業だと藤脇さんは話します。
「樺巻の樺は桜の樹皮のことです。昔はこの樺を使っていました。桜の木の皮に傷を入れて1年ほど経つと皮が剥がれるので、それを茶筒を巻くような板にして、それを同じ厚さの紐状にして巻いていました。樺で巻いた笛は使い込むほど味わい深くなり、樺特有の美しさが引き立つようになります」
ただ樺はもろいため、加工時に横幅や厚みを一定に揃えるのが大変に難しいとのこと。
「苦労して巻いた後で割れてしまうことも珍しくありません。また樺は、一律ではありませんが、1メートルあたり何千円という相場です。笛一本で12、13メートルは使うので、樺巻の素材を買うだけで何万円もかかる。そこで近頃は通常は籐を使用し、指定があれば樺を使用するようにしています。籐だと樺の5分の1くらいの値段で買えるし、素材としても強い。ただ工芸品としては樺のほうが美しい。たとえ剥げてきても、それが味わいになります」

籐は東南アジア原産で、日本の材ではありません。実は地漆や朱漆に用いる漆も同様で、今は日本漆が高価なため、中国産の漆を使っています。これは龍笛に限った話ではありませんが、伝統を重視するあまり国産の素材にこだわると、とんでもなく高価になってしまうという現実があります。
「楽器に限らず、工芸品でも建築でもすべて日本産の材料を使わないといけないなどということになったら、たいていの伝統文化は存続できないのではないでしょうか。材料も時代に応じて変わらざるを得ないと思います」
(次回:9月10日掲載予定 取材・文/岡田尚子)