
■連載[第11回]
A級戦犯容疑で収監された政治家・作家の孫として その5
●継承の役目が回ってきた『池崎家遺物』
福田さんに再会したのは翌年のことだった。お住まいの長崎県においてである。長崎といっても一般に想像するような海沿いの町ではない。佐賀との県境に近い内陸部だ。その町はクルマで通過すると10数分もあれば山や畑に出てしまう。のどかな土地だ。初春の頃、町の歴史文化交流館の中にある喫茶店で話を聞いた。
「あの時は、伯父の手紙を読んだ時の衝撃がまだ鮮明に残っていたんでしょうね。だから感情が高ぶったんだと思います」
若い時は演劇をやっていたという福田さんの声は明るくよく通る。硫黄島で聞いた言葉について改めて聞くと、まず、そんな答えが返ってきた。そして、話は、そもそものきっかけに遡った。15年ほど前のことである。
「父が亡くなる前にボロボロの箱をもらったんです。どこにでもあるような普通の紙箱なんですが、紐でぐるぐる巻きになっていて、『池崎家遺物』と書かれた紙が貼られているんです。その箱の存在はなんとなく知ってはいたんですが、渡された時に、紐を解いて中身を見ることはしませんでした。でも、ついに私の番になっちゃったんだな、と思ったことを覚えています」
●開けてビックリ……
「私の番」。つまり、この箱を継承するものという意味である。福田さんは一人娘だ。兄弟はいない。父・池崎純吉の姉たちもとっくに他家に嫁いでいた。とはいえ、笑みさえ交じるその話しぶりに深刻さはない。
ただ、当時は子育ても忙しく、父の死後、同居するようになった母も認知症の症状が出始めて、いつしか箱の存在さえ忘れるようになっていた。
そして、先述の通り、祖父の評伝の執筆のために京大教授から史料の提供依頼があった。一昨年のことだった。二人の子供も大学に進学し、母親も施設に入って少し余裕も出てきていた。祖父のことは、ただ「偉かった」とだけの印象で具体的な事実の記憶はない。少し調べようと思い、『ミカドの国の未来戦記 黒船の世紀』(猪瀬直樹著)を手にとってみた。「未来戦記」とは、文字通り、未来の戦記物、今後に起こるであろう戦争を予測し、その顛末を描くものだ。ここではその作者として祖父のことが取り上げられている。だが、「俗物」扱いさえされていて最後まで読めなかった。それもあって教授への協力にもとまどいを覚えたが、祖父が奨学金事業に尽力したことなど、今までにはない視点も入れると言われて決心した。
そうして、家の中で一人、押し入れにしまい込んでいた例の「箱」をズルズルと引っ張り出してきたのである。
「開けてビックリ……、ですよ」
そこには、あの修吉伯父が硫黄島から家族に宛てた手紙などがあったのだ。思った通り、ビリビリになった祖父の親書なども出てきて、それらは教授に提供した。
「これらはすべて父が私に見せたかったものなのでしょう。説明書きもないから、何がなにやら分からないんですけどね。貼られていた『池崎家遺物』の文字は、父か母が書いたものです。代々、残さなくてはならない大事なもの、という思いを込めて書かれたものだと思います。その文字を改めて見ているうちに感情の持って行き場を見つけられなくなったんです」
(続きは10月7日掲載予定)取材・文/伊豆野 誠